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黒潮に洗われる漁業基地。冷泉の存在でも知られる蘇澳は東北部のみならず、台湾でも指折りの港湾都市だ。最近は海鮮料理が美味しい街としても評価を高めている。潮風を浴びながら、この街を歩いてみよう

知られざる景勝地が点在する街
蘇澳はセメント工業と漁業で栄える地方都市。台湾東北部に位置し、宜蘭、羅東とともに蘭陽平野の中枢となっている。訪れてみると、三方が山に囲まれ、残りの一方が海に面している。市街地は蘇澳駅の周辺と漁港のある南方澳に分かれているが、その地勢はまるで鎌倉のようだ。また、花蓮方面へ向かう蘇花公路の起点でもあり、交通の要衝としても機能している。
旅行ガイドブックでは紹介されることが少ないこの蘇澳だが、周辺にはいくつかの景観スポットがある。また、市街地から近い場所にも景勝地が点在しており、地元の人々は青い海と白砂の海岸の美しさを取り上げて「台湾のナポリ」と胸を張る。少々、大袈裟な表現ではあるものの、散策が楽しい街であることには変わりない。
暑さが厳しいこの時期はぜひ「冷泉」を
日本と同様、台湾は環太平洋造山帯にある。そのために温泉が多く、現在、浴場が整備されているところだけでも100を超える泉源が知られている。この蘇澳には温泉こそないものの、その代わりに珍しい「冷泉」が沸いており、温泉好きに知られている。
「冷泉」という単語は聞き慣れたものではないかもしれない。簡単に言えば、これは低温の温泉を意味している。その源泉は七星山という丘の麓にあり、 一帯は「冷泉公園」として整備されている。園内には巨大な屋外プールが設けられ、冷泉に親しむことができる。泉質は無色透明で無臭の純炭酸泉。炭酸ガスを多量に含んでいるため、泉をのぞき込んでみると、無数の気泡が確認できる。古老の話では、かつては冷泉に砂糖を加え、ラムネとして販売されていたという。現在も冷泉に金柑(キンカン)を絞って入れたものが屋台で売られ、さわやかな喉ごしで人気を集めている。
この冷泉プールは水着着用が義務づけられている。家族連れに人気があり、週末には大変な人出となってしまうので、できれば平日の訪問がおすすめだ。なお、ここから少し離れた場所には地元住民だけが知っている阿里史(蘇澳)冷泉公共浴室もある。温泉好きならこちらも訪ねてみたいところ。冷泉公園が混雑している時にはこちらのほうがすいている。
暑さが日ごとに厳しくなるこの時期とはいえ、いきなり冷たい泉に浸かるのは勇気が必要かもしれない。実際に浸かってみると、確かに震え上がってしまうほどに冷たさだ。しかし、ここはしばらく我慢してみよう。慣れとともに次第に体が温まってくる。そして、うっすらと汗がにじんでくるはずだ。水温は常温で21度。「冷たい!冷たい!」と言いながら、したたかに汗をかいてしまう。そんな体験はここでしか味わえないものと言えるかもしれない。

南方澳では新鮮な海の幸を
蘇澳駅からバスで15分ほど進んだところには、台湾三大漁港にも数えられる大きな港がある。このエリアは南方澳と呼ばれている。蘇澳には駅周辺地域のほか、ここがもう一つの市街地となっている。ちなみに南方澳に対し、北方澳というエリアもあるが、こちらは軍事管制区となっていて入域が制限されている。
南方澳漁港には魚市場が併設されている。水揚げされたばかりの新鮮な魚介類が並んでいて圧巻なかぎりだ。市場内には調理場も併設されており、行楽客は購入した海の幸をここに持ち込んで調理してもらう。もともとネタの値段が安く、調理代も一皿100元ほどなので、おなかいっぱいに食べても台北の半額程度で済んでしまう。
また、台湾の漁港には必ずと言っていいほど廟がある。蘇澳の場合は南天宮と呼ばれる媽祖廟があり、庶民信仰の場となっている。媽祖は海の女神とされ、ここには純金製のご神体が祀られている。漁師は海に出る前に必ず手を合わせ、帰港後も無事を感謝してここを訪れる。なお、ご神体は純金製のほか、翡翠製もある。
蘇澳は台北から近く、日帰り旅行が可能だ。鉄道を利用する場合は自強号で2時間あまり。宜蘭や羅東までは雪山隧道経由のバスがあるので、まずは礁渓か宜蘭辺りまで来て、それから蘇澳を訪れるというプランがおすすめ。さらに、ここから花蓮までは台湾随一の眺望と謳われる蘇花公路が伸びている。絶景とスリルを楽しみながらの臨海道路の旅も捨てがたい。こちらは交通がやや不便だが、組み合わせて訪ねてみるといいだろう。

蘇澳の神社遺跡を訪ねる
蘇澳には日本統治時代、計三カ所の神社が設けられていた。まずは砲台山と呼ばれる高台の山頂にあった蘇澳金刀比羅社。ここは1927(昭和2)年4月20日の鎮座で、現在も本殿の台座が残っている。周辺には半壊した石灯籠などもある。また、市街地からやや離れた場所には蘇澳化成会社(現台湾水泥公司)があり、工場脇には遙拝所が残っている。そして、最も規模が大きかった蘇澳神社は戦後に取り壊され、跡地には痕跡が残っていないが、石灯籠だけは蘇澳国民中学の敷地内に移設され、保存されている。
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