「花布」と「布袋戲」色鮮やかな伝統文化に魅せられて 

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陳宗萍(チェン・ゾンピン)さん

雲林生まれ・新北市在住
布もの作家、彰藝坊オーナー  (1966年生まれ)

取材・文:高橋真紀

大学の美術学科を卒業して台湾の伝統芸術「布袋戲」に出合った陳宗萍は、四半世紀にわたってその人形作りに携わってきた。伝統文化を広める過程で花布作家としての才能を開花させ、永康街にあるアトリエ兼ショップの「彰藝坊」は、いまや台湾花布雑貨のお店としても人気を集めている。現在は店番をしながらアトリエで創作活動を行う毎日。その手を少し止めて、人形作りとの出合いや現状について、じっくり話してくれた。(文中敬称略、以下同)


人気の観光スポットとして連日にぎわう永康街(台北市)は、住宅街に囲まれ、学校が林立する生活感にあふれたエリアでもある。大学教授や文化人の自宅も多いといわれ、一歩足を踏み入れると異空間のように静かで、アカデミックな雰囲気が魅力の街だ。

その住宅街の中に、点在するカフェとは少し雰囲気の違うお店がある。赤い看板に「彰」の文字。小さな階段を登った先には、人形劇の人形と、カラフルな布製品、おしゃれな雑貨が所狭しと並んでいる。ここは今回の主役・陳宗萍が夫と共に営む伝統工芸のアトリエ兼ショップ「彰藝坊」である。

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台湾を紹介するガイドブックなどでは、単純に「台湾花布雑貨の店」として紹介されることの多い店だが、その商品棚に並んでいる人形が、実はかなり価値のある文化遺産であることはあまり知られていない。台湾で100年以上の歴史を持つ「布袋戲」という人形劇で使われている人形で、その名を「布袋戲偶」という。そもそも陳宗萍の夫である陳翠錫は、台湾中部の街・彰化で代々続く「彰藝園掌中劇團」という劇団の主宰だった。美術の才能にも恵まれた陳翠錫は自分たちの劇団で使う戲偶を自ら作り、人形の着る服までトータルでコーディネートすることを発案。「彰藝園古典戲偶工作室」を創立した。これが「彰藝坊」の前身ともいうべき存在となっている。

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彰化からさらに南の雲林で生まれた陳宗萍は、1987年に新北市の輔仁大學應用美術系を卒業し、画廊で働いていたころ、企画展示で店にやってきた戲偶と、その作者である夫との運命的な出会いを果たした。

「美術学科でも、デッサンや絵について学ぶのは西洋のスタイルばかりだったんです。戲偶を初めて見た時は衝撃的でした。私はずっと美術を学んでいたのに、どうしてこの人形を見たことがなかったのだろう。自分たちのすぐそばに、台湾にこんなに美しいものがあったなんて」

出会いから間もなく夫のアトリエに参加。以来、戲偶の制作に携わって25年になる。「今となっては夫に恋をしたのか、戲偶に恋をしたのかわからないわ(笑)」。冗談めかしてそう言うが、その笑顔から察するに幸せな25年であったことは間違いないようだ。


フランスの展示会で生まれた花布雑貨

 

台湾が誇る布袋戲と戲偶を西洋の人にも知ってほしいと考えた陳宗萍は、1999年〜2000年の間に、2度ほどフランスを訪れて、ギャラリーで戲偶の展示を行った。地道な活動が実を結び、2002年には同じフランスで、台湾政府の協力を得た大規模な展示会「偶相」を開催、成功を収めている。この展示会は、思わぬ収穫ももたらした。

展示の傍らで関連グッズを販売していたのだが、商品を入れる適当な袋が見つからず、陳宗萍はふとひらめいたのである。「布袋戲の舞台で使われている台湾花布で手提げを作ったら、喜んでもらえるんじゃないか」。結果的に花布の手提げが大好評となり、商品として扱うことになった。こうして文化遺産の人形劇と、カラフルな花布雑貨が混在する、いまの「彰藝坊」が誕生したのだった。

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台湾の花布というと、「客家(ハッカ)花布」と呼ばれている大きな花柄の布を思い浮かべる方が多いだろうが、陳宗萍曰く、花布は客家文化だけのものではないそうだ。「昔から花布は身近なものとして台湾の各地で使われていたものなんですよ」。牡丹(ボタン)や菊の花というモチーフは日本文化の影響。日本統治時代に入ってきた花柄の布が原型で、台湾独自の色彩感覚が加わり進化したものが、「客家花布」と聞いて我々が思い浮かべるあのカラフルな花柄だという。

実は少し調べるだけでその言い分が事実であることがわかる。とりわけ客家人がこの花柄を愛用したことで「客家花布」と呼ばれるようにもなったのだが、決して客家人が考案したものでもなければ、客家文化だけで特別に使われてきたものでもない。観光客はおろか、台湾人でもその事実を知らない人も多いという。台湾独自の文化がここでも失われつつあると感じた陳宗萍は、台湾全土の花布を買い集め、研究し、ついには一冊の本にまとめた。2012年に出版された『花樣時代』は、台湾花布を美術的観点から系統的にまとめた貴重な文献となっている。


どこまでも純粋なアーティスト

自らの感性と審美眼で人生を切り開いてきた陳宗萍ではあるが、戲偶の職人として見つめる将来はシビアなものだった。「今後仕事として戲偶を作る人はなかなかいないでしょう」。伝統的な布袋戲の劇団が少なくなっているのと同時に、すべて手作業で仕上げる労力と対価が見合わなくなってしまっているのだそうだ。戲偶一体作るのに1カ月かかることもざらなので、現実的には戲偶制作だけで生活していくことは難しい。

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かつては陳夫妻の高い技術を評価し、アトリエのスポンサーに立候補した企業もあった。だが創作に信念のあった夫妻は、自分たちの作りたいものを自由に作れる環境を選んできたのだという。ビジネスに走らなかったからこそ、今現在もものづくりに真摯なアーティスト・陳宗萍がいるのも事実である。

最近では自然環境や植物の絵を描くのがライフワークだそうだ。淡水の対岸、八里にある自宅は自然豊かな地域。「あそこで暮らすうちに、これまで知らなかった植物に出合い、自然とまた絵を描いていたんです」。もしかしたら今後、陳宗萍の描いた花柄の布を使った、オリジナルの花布雑貨が誕生するかもしれない。「今は描きたいから描いているだけで、これがどういう方向に転ぶかはわからないけど」。

そう言ってはにかむ彼女には不思議な魅力があり、独特の感性が作り上げる作品をもっと見てみたいと思わせるのだった。

(2018年1月号掲載)

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