二児の母がEMBAに挑戦

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嘉義県竹崎出身・台北市在住
芙酷樂有限公司 總經理 47歳 (1970年8月6日生まれ)

取材・文:吉岡桃太郎

台湾ではよく「活到老學到老(生きる限り学び続ける)」と言われているが、社会人になってスキルアップのために大学付設の機関などで勉学に励む人も少なくない。台湾大学の社会人向け経営学修士「EMBAプログラム」に通う夏曉莉もそんな一人だ。会社も立ち上げ、学生、経営者としてだけでなく、二児の母親、妻としての役割もこなしている。(文中敬称略、以下同)

お父さん子の田舎少女

台湾中部の嘉義にある田舎町、竹崎。夏曉莉はそこで幼いころから父親と二人で暮らしていた。父親は「榮民」と呼ばれる戦後、台湾に渡ってきた軍人で、阿里山鉄道に勤めていた。小学校には菜園があり、3年生から6年生の児童たちがホウレンソウやダイコンなどの野菜を育てていたという。「菜園の野菜を給食に使っていました。今はやりの自給自足ですよ。一回で水やりが終わるように、重い一斗缶に水を入れて運んでいました」

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台風が台湾に近づいていたある日のこと。退職後に父が始めた雑貨店が雨漏りしないようにビニールをかぶせに屋根に上っていた夏曉莉は、屋根から落ちて30針を縫う大けがをしてしまったという。「その時に父が私を背負って病院まで連れて行ってくれたことが今でも忘れられません」その時の父親は慌てていたためか、素足だったという。

中学を卒業した夏曉莉は初めて故郷を離れ、台北の女子校に通い始める。台北市郊外の親戚の家に寄宿し、毎日朝5時半には家を出て、バスを数回乗り換えて通学したという。今ならMRT(地下鉄および新交通システム)もあり、台北市とその近郊で通学に1時間以上かかるケースは少ないが、当時は1、2時間かかる高校生も少なくなかったようだ。

ただ、夏曉莉の台北での高校生活は1年で終止符を打つことになる。「田舎育ちだったんで、都会での生活になじめず、1年で嘉義に戻りました」中学の時に学んだ地元のカトリック系の中高一貫の女子校に戻り、新たな高校生活を始めた。当時の台湾中部には高校が少なく、私立の学校に中等部と高等部が併設されるケースが多かったという。

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高校を卒業してからは大学に進学する。当時の大学進学率は3割程度と今ほど高くなく、女子で大学に行く人はさらに少なかったが、「勉強は苦手でしたが、父のために頑張りました」。当時は「聯考」(大學聯合招生考試)という大学入試センター試験のような全国共通の入学テストがあり、その成績の良かった受験生から順に志望校の志望学部に合格していくというシステムで、夏曉莉は台北郊外にある淡江大学の歴史学部に合格できた。

睡眠4時間のキャリアウーマン

大学卒業後は外資系のメーカーに就職し、そこで英語を鍛えられる。「中学、高校とカトリック系の学校だったので、外国人の先生もいて、英語の基礎ができてたんだと思います」そして何度か転職し、40代になると、電子部品のメーカーでマネジャーを任せられるようになる。「iPhone 4sやiPad 3の部品も扱っていたんですよ」

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年に100回以上の出張をこなし、昼夜を問わずLineやメールでのやりとりに追われる日々。「電波の届かない飛行機の中だけが、唯一、ゆっくりできる空間でした」自分が今、どこにいるのかわからなくなってしまうこともあり、いつも二人の子どもから連絡があると、開口一番「お母さん、今どこ?」と聞かれていたという。ある日、久しぶりにfacebookで友達の近況をチェックしたら、みんな充実した毎日を過ごしていて、自分も変わりたいと夏曉莉は思ったのだという。

EMBAで四十路の学生ライフ

ちょうどそんな時、勤めている会社が中国の企業に売却され、会社を辞めることを決意。友人がfacebookに投稿していた社会人向け経営学修士「EMBAプログラム」に目を付ける。「大学であまり真面目に勉強しなかったので、今度こそ亡くなった父のために頑張ろうと思って」EMBAプログラムは多くの大学に設けられているが、夏曉莉は難関といわれる台湾の最高学府、台湾大学を選んだ。そして見事、合格した。

授業は隔週の週末にある。学費は台湾の平均年収並みと高めだが、その価値はあると夏曉莉は言う。「金融、ハイテク、貿易など各業界のエキスパートがクラスメートで、とても勉強になります。医師や弁護士もいるんですよ」

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EMBAプログラムには五つのコースがあり、夏曉莉は経理と企業マネジメントを学ぶコースにこの6月から在籍している。一般の講義のほか、グループディスカッションなどもあり、「学生時代には勉強なんて何の役にも立たないと思っていまいしたが、今はいろいろ役に立つことを学んでいます」合格の知らせがあってから、4月には新たに会社も立ち上げた。

四十路で始めた第2のキャンパスライフ。平日は経営者、夜は母と妻、週末は学生と幾つもの役割をこなしつつ、夏曉莉は墓前の父親に報告すべく、3年後のEMBA取得を目指し、日夜勉学に励んでいる。

(2017年9月号掲載)

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