吳慷仁 ウー・カンレン

体格改造も自由自在、千変万化の俳優

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「今台湾で最も注目の俳優は?」 そう聞かれたら、多くの人が彼の名を挙げるのではないでしょうか。昨年は台湾エミー賞といわれる「金鐘奨」、先月7月の台北電影奬(台北フィルムフェスティバル)で立て続けに最優秀主演男優賞に輝いた呉慷仁(ウー・カンレン)です。
メジャーデビューは2009年。当時すでに27歳だった彼は、俳優としては決して早いスタートではありませんでしたが、自身の努力とその芝居に対する情熱で、一躍人気俳優となりました。2013年は『愛在旭日升起時』でアジア・テレビジョン・アワードの最優秀ドラマ番組男優賞を、さらに2015年の『麻醉風暴』では第50回金鐘奨の助演男優賞を受賞。今後もますますの活躍が期待される彼に、お話を伺いました。

―まず、どんな経緯で俳優になられたのかお聞かせいただけますか。

「もともとはバーテンダーをしていました。当時、時々広告の仕事もしていて、ある時、日本で撮影することになりました。モデルに演技は必要ありませんでしたが、その広告には演技力が必要で、監督に『演技が下手』と言われた時は悔しくて泣きました。その後台湾に帰ってから、李啟源先生(映画監督、脚本家)に出会い、『芝居をやってみないか』と言われ、先生の下で一年間演技を学ぶことに。その後バーテンダーの仕事を辞め、本格的に役者の道に専念することを決めたのです。当時、李啟源先生だけが『役者になれる』と言ってくれましたが、その後ろには「…」が付いています。つまりその後は自分の努力次第ということ。とりあえず5年間やってみて何の成果も残せなければ、役者は向いていないと考えていましたが、5年後、シンガポールでテレビドラマ賞を受賞して、もう少しこの世界でやってみようと。その後は目の前の役を一所懸命に演じるという積み重ねで今に至ります」

―今夏、6年ぶりに再び台北フィルムフェスティバルの大使に選ばれたことについてどう思われますか。

「自分にとってまた新しい段階に入ったのだと思います。今年で35歳、私はこの世界に入ったのが遅く、正式に俳優として活動し始めた2009年から今日まで8年がたちました。11年に台北映画祭の大使に選ばれた時は間もなく30歳という時でしたが、映画関係の人を含めまだほとんどの人に知られておらず、そんな中で大使に選ばれ期待されていると感じました。それから年を重ねいろいろな経験を経た今、再び大使に選ばれたことは、やはり認められたという肯定感があります。映画専門の俳優ではありませんが、今後は映画の比重を多くしていきたいので、とてもうれしく誇らしいことです。35歳をターニングポイントとして、老いるまで演じることができればと思っています」

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―オファーを受ける時の基準は何でしょうか。

「大体フィーリングで受けています。例えば『白蟻-慾望謎網(※)』(以下、白蟻)は、脚本が完璧だったわけではないのですが、この題材を扱う監督の覚悟を素晴らしいと思ったこと。もう一つは可能性のあるキャラクターです。この役で自分がどこまで力を発揮できるかに期待しました」

(※)編集部注:本誌取材後の7月15日、『白蟻』主演により台北フィルムフェスティバルの最優秀主演男優賞を受賞。自身初の映画賞受賞となった。

―役作りのため短期間に体型を変化させるのは大変ではないでしょうか。

「野心のある役者なら、毎回まったく違う役柄を作り出すことを楽しみにしています。この顔自体を変えることはできませんが、メークやCGの効果でイメージを変えられる部分もありますし、もし自分で外見自体を変えることができたら、役者として面白い経験になります。私にとって『白蟻』はそんな作品でした。例えば昨年撮影した『麻醉風暴2』(2017年9月9日より公共電視台で放映予定)では、86キロまで太った上に坊主頭にしました。『白蟻』では一気に56キロまで体重を落としたので、一年間で30キロ体重が増減したことになります。誰もそんなことを要求してはいませんが、やってみないと自分がどういう風に変わるかわからないでしょう? 例えば銀行員、警察を演じる時は制服を着ますが、体の改造はそうした役作りの一つの方法なのです」

―ドラマと映画では役作りへのアプローチは異なりますか。

「実は結構違いがあります。台湾のドラマでは外見への要求は多くありません。長いスパンで取り組まなければならないので、例えば一つの役を演じるために撮影期間4カ月ずっと56キロを保っていなければならないとしたら健康を損ねてしまうでしょう(笑)。映画は1カ月半~2カ月以内とスパンが短いので集中力を持続させることができます。両方やっていけたらいいですが、次から次へと撮影を重ねるうちに考える余裕がなくなって、精神を消耗するだけにはなりたくないので、この2~3年間は、何らかの目的意識を持って演じるようにしています」

―金鐘奨で受賞された作品『麻醉風暴』と『一把青』は、特にステップアップにつながった作品だと思いますが、この2作品から得たものは何ですか。

「台湾には他にもいい役者が少なくないのに、この作品に出合えたのは幸運でした。でも、一つや二つの作品で今の結果に至ったのではありません。テレビドラマ、リアリズム映画、アーティスト作品、あるいはインディペンデントなど、さまざまなジャンルに出演してきた今までの積み重ねが、今の自分につながっています。ですから、李啟源先生をはじめ、これまで私を支えてくれたあらゆる方への感謝の気持ちでいっぱいです。すべての段階で手助けしてくれる監督や俳優、制作会社の人たちがいて、30代前半はすべてが完璧すぎる采配に恵まれました。一番変化が大きかったのは、『A咖的路』以降のこの3年です。演技の面でも、アイデンティティーの面でも、以前はなかったものが得られました。目的を設定することで一歩進めた気がします」

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―タイトなスケジュールと厳しい環境の中、手を抜くことなく自分を磨き続けている、その原動力は何ですか。

「理想論、あるいは決まり文句や大きすぎる目標に聞こえてほしくはないのですが……。実はとてもシンプルなことで、良い役者になりたい一心で、これまでのような方法を試してきたのです。まだ自分の方向性を探している段階で、これからも変わっていくでしょう。どんな風に変わるかわかりませんが、役者としては知る必要はないのだと思います。その変化を恐れてはいません。一つの作品のスタートと完成には、多くの段階があります。最初に脚本か監督があり、資金を確保して、最後に役者を探します。役者は受け身ですから、監督やスポンサーのようにコントロールできないこともありますし、必ずしもやりたいことだけをやれるわけではありません。それでも環境やマーケットにのみ込まれないように、主動的に取り組んでこそ、この仕事が楽しくなると思っています」

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―もうすぐ35歳を迎えられますが、直近の目標は何ですか。

「芝居をやり続けることですね。あまり美化したくないのですが、おかしな使命感のようなものがあるのです。この5、6年は良い役者になるために努力してきましたが、これからは良い悪いではなくとにかくやり続けること。それが、皆に娯楽だけでなくある種のパワーを与えることができるのだと思うのです。また、男性の俳優にとって35~40歳はいい時期だと思うので、自分がどう変わるか楽しみです。青年が大人の男性になる段階で、外見的にもしわができたりお腹が出たりと、一番変わる時期です。若い時とは違いますが、その分演じられる役柄も豊かになります。次にお会いする時は、髪の毛が薄くなったり、白髪になっていたりするかもしれません(笑)」


Profile
1982年生まれ。2009年ドラマ『下一站,幸福』(邦題:秋のコンチェルト)でデビュー。ドラマ、映画の出演作多数。ドラマの代表作は、『A咖的路』(14年)、『麻醉風暴』(15年)、『一把青』(15年)『極品絕配』(17年)。映画の代表作は、『屍憶』(邦題:屍憶-SHIOKU-/15年)、『白蟻-慾望謎網』(17年)など。うち『麻醉風暴』と『一把青』は金鐘奨の受賞作として高い評価を得る。17年台北電影奬で最優秀主演男優賞を受賞。

(2017年8月号掲載)

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