第43回 いわれるままに

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の近くに果物屋があります。店先には季節の果物がいっぱい、路上にまではみ出すように並んでいて、それをお客のほうで品定めして買うのです。

店主はおばあちゃん。奥のほうのレジの横に座ってて、たまに立ち上がっては果物の間を行ったり来たり。ほかに店員はいません。

さて、普段はそんなに果物を買う機会のないぼくは、その日、何を思ったか急に果物が食べたくなって、この店に入ったわけです。

とりあえずオレンジを手に取って、どれがおいしそうかいろいろ眺めてると、「何探してるの」と店主のおばあちゃん。

「いや、別に何ってわけじゃないんだけど」

「じゃ、これにしなさい」

と勧められたのがパイナップル。レジの横のところに一個そのままの形で皮だけ剥いたものがビニール袋に入れて置いてありました。

「それからこれも」

パイナップルの横にはいつの間にか小さなトマト。パックにぎっしり詰まったのがありました。そして、ぼくはこのふたつを買って帰ったのです。

家に帰って女房にその話をすると、まず彼女が驚いたのは値段でした。いつも買うよりもかなり安い。「どうしてそんなに安いの?」(彼女はぼくと違って果物の値段に対する概念があります)。半信半疑で食べてみると、これがめちゃくちゃおいしい。で、再び「どうして?」。

それからしばらくして、またその店に行くと、店主のおばあちゃんは「これがいいから」といって、今度はドラゴンフルーツを勧めます。その様子、まるでぼくの代わりに選んであげたよっていわんばかりに。

でも、いわれるままにぼくはそれを買って帰ったのでした。


われるままに、といえば、以前こんなことがあったのを覚えています。

たまたま入った近所の広東料理屋。そこで臘味飯(ラーウェイファン)(広東風の腸詰を添えたごはん)を注文したのですが、これが思いのほか美味。ちょっと濃いめの味がする肝腸(ガンチャン)なんかは絶品の域に達していました。

で、そのあと何度かそれを目指してその店へ。毎回注文するのは決まって臘味飯。

すると店主のおばちゃんはいつの間にかぼくのことを覚えていて、ぼくの顔を見るなりぼくが注文する前に「臘味飯」と向こうのほうから確認するように聞いてくるのです。

店主がお客の代わりに注文を決めてしまう。おかしいといえばおかしいんですが、ぼくのほうも、別に臘味飯で問題ないので、「うん」と答えて注文完了。

ところが、何回か食べてるうちに臘味飯も飽きてきます。そしてほかのメニューも食べてみたくなります。チャーハンとか、焼きそばとか。でも、そんなぼくの思惑とは裏腹に、ぼくが注文する前におばちゃんのほうからは決まってひと言、「臘味飯」。

この先制攻撃に遭うと、頭の中で「きょうは何かほかのものにしよう」と考えていても、「まあ、いいか。臘味飯もおいしいし……」と、結局は臘味飯を頼んでしまうのです。

そして、ある日気づいたのです。自分はこの店で臘味飯以外のものを食べていない。いや、これからも食べられそうにない……。


て、こうやってお店の人に注文を決められてしまって、ぼくが不快になるかといえば、全然そんなことはなく、それどころか「わたしのいう通りに買っときゃ間違いないんだから」、「あなたが好きなものはよく知ってるよ」、そんなやさしさのようなものさえ感じるのです。

何だか子供のころに出会った風景。昭和のテイストを感じる空間。台湾にいるとときどきそんなケースに出くわします。

(2017年8月号掲載)

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