第44回 呼び名の話

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の爪の切り方がおかしくて、巻き爪になってしまいました。チクチクと痛いし、血も出てたんですが、まあ、足の爪ぐらいそのうち治るだろうと放っていました。

ところが、それを見た女房が、

「巻き爪を放っておいちゃだめだよ。化膿したり炎症を起こしたりして、手術しなきゃ治らなくなっちゃうかもしれないんだから。それに細菌とかが入ったら命の危険もあるし」

命の危険と聞いて急に恐ろしくなり、すぐに病院へ。しかも万全を期して大きな病院へ行ったのでした。

ぼくは普段、あまり大きな病院というところへ行くことがありません。というわけで、戸惑ったのが、その広さです。

受付を済ませようとカウンターへ向かうのですが、地下1階から地上2階まで複雑な構造になっていて、どう行ったらいいのかわからない。巨大な迷路に迷い込んだ感じです。

そこで、ボランティアのおばさんに聞きました。

「受付のカウンターはどう行ったらいいの?」

「まっすぐ行って、右に曲がって」

どこを曲がれとか、右に曲がったあとのこととかは教えてくれませんでしたが、それは大丈夫。台湾ではこういうことはよくあります。とりあえず、間違った方向にさえ行ってなければ、あとはまたそのあたりで人に聞けば何とかなります。

ところが、おばさんの、そのあとのひと言で足が止まりました。

「70歳以上だったら、受付しなくても直接行けば大丈夫だよ」

ええっ、絶句。

いくら何でも、ぼくは70までにはまだ相当あるんですが……。そんなことを思っていると、おばちゃんは追い打ちをかけるように、

「あんた、70歳以上かい?」


ばちゃんがぼくを見て70歳以上だと思ったのは、おそらくぼくの髪の毛が白かったからでしょう。

それにしても、具体的に70という数字をいわれると、何だか違和感が残ります。これが子供とかに「おじいちゃん」とかいわれたとしても、それはそれほど気にならないんですが。

そういえば、話は急に変わりますが、台湾ではこのごろ「姐姐(ジエジエ)(おねえさん)」がすっかり定着したように思います。ぼくが台湾に来たばかりの30年以上昔は子供が若い女性を呼ぶ場合、「阿姨(アーイー)(おばさん)」を使うのが普通でした。女性と子供との間はひと世代違うということで、台湾ではこの世代の違いを重要視したため、「阿姨」と呼ばないと失礼にあたるからです。

ところが、最近では「阿姨」という響きがよくないのか、世代の違いよりも本人の若さのほうがポイントなのか、若い女性はそろって「姐姐」になりました。この習慣の変遷、おもしろいと思います。


て、先ほどの病院。昼時になったので地下の食堂に行きました。最近の病院の食堂はいろんなレストランが入っていて、デパートの美食街と何ら遜色ないほど立派な造りです。

その中の一軒、壁に書かれたメニューを見ていると、いきなり店員のおばさんがひと言。

「おにいさん、何にすんの?」

彼女はぼくを呼ぶのに「大哥(ダーゴー)(おにいさん)」という言葉を使ったのでした。

わずか1、2時間で70代から一気に若返ったぼくは機嫌がよくなって、引き付けられるように排骨炒飯(パイグーチャオファン)(豚肉のスペアリブ付きチャーハン)を注文していました。

それにしても店員のおばさん、お客の心理を読んだ対応、さすがです。

このあと注文の品ができるまで、しばらくカウンターの前で待っていたんですが、その間にぼくより若い30代後半かせいぜい40代の男性が、ぼくと同じように壁のメニューを見ていました。するとおばさん、彼にもひと言。

「おにいさん、何にすんの?」

でも、今度の「おにいさん」は「大哥」ではなく、「帥哥(シュワイゴー)」でした。

「帥哥」。日本語にすると「カッコイイおにいさん」。おばさん、あらためてさすがだと思いました。

(2017年10月号掲載)

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