第2回 公益財団法人 日本漢字能力検定協会 台湾アドバイザー 山本幸男氏

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Profile

1948年、大阪生まれ。71年、三井物産入社。79年に第一期語学研修生として北京に留学。その後、広州、北京など中国駐在は計16年。2008年に同社退職後、台北市日本工商会・台湾日本人会総幹事として6年従事。15年よりBJTビジネス日本語能力テスト(漢字能力検定協会)の台湾アドバイザーを務める。

BJTビジネス日本語能力テスト
www.kanken.or.jp/bjt

取材・文:馬場克樹/写真:彭世杰

長年にわたる中国・台湾駐在の人脈生かし

日台の架け橋に

2008年から6年間、台北市日本工商会と台湾日本人会の総幹事を兼任し、日台の経済・文化交流に尽力された山本幸男さん。14年にその任を降りた後も台湾に留まり、BJTビジネス日本語能力テスト(以下「BJT」)の主催団体である(公財)日本漢字能力検定協会の台湾アドバイザーとして、BJTの普及に務める傍ら、日本と台湾の民間交流の橋渡し役としても、さまざまなイベントや会議などに東奔西走する日々が続く。山本さんが台湾と関わるようになったきっかけ、台湾におけるBJT推進の現状、そして日台民間交流におけるご自身の役割などについて伺った。


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08年に商社を退職した山本さんは、台北市日本工商会(以下「工商会」)ならびに台湾日本人会(以下「日本人会」)の総幹事に就任した。台湾にはこれまで出張ベースでは何度も訪れていたものの、駐在という形で生活の拠点を移すのは初めてだった。11年に工商会設立40周年、日本人会設立50周年という節目を迎えるに当たって組織内にタスクフォースが設置され、それぞれの会の活動を見直し、事務局の強化がうたわれていた中での出来事だった。また、馬英九政権が誕生した直後で、との関係を重視する姿勢を打ち出し、とりわけ経済界とのパイプ作りを急いでいた時期とも重なった。

「自分の仕事は大きく二つありました。一つは台湾の当時の政権に対し、工商会からの経済関連案件の要望を取りまとめ、『白書』の形にすることでした。着任の翌年度から、正式に毎年、白書による政策提言を行いました。もう一つは、台湾での日系企業の知的財産権の保護を強化することでした。このため、工商会内部にあった知的財産委員会を活性化し、企業の支援に努めました」

また、日本人会としても、311東日本大震災後の義援金の募金活動、「NHKのど自慢」の台湾への誘致、宝塚歌劇団の台湾公演等、従来の活動の枠を超えた民間交流が進んだ時期だったと振り返る。

BJTの普及を通し、日台をつなぐ人材の育成に貢献

そんな山本さんがBJTと出合ったのは、13年春のことだった。日本から出張で台北を訪れた公益財団法人日本漢字能力検定協会(以下「漢検」)の担当者が、台湾でのBJTの実施を目指し、工商会の門を叩いたのがきっかけだった。BJTは1998年に、経産省傘下のジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)の主管事業として、ビジネス日本語の実務能力を測定することを目的に、ジェトロの海外事務所が置かれている欧米やアジア地域で始まった試験だった。ところが、06年、小泉政権下の行政改革の一環で、ジェトロに対し、BJTの廃止かあるいは民営化との勧告がなされた。ジェトロは民営化をベースに入札を実施し、漢検に主管が移った。台湾での実施についてはまだ手探りの状態だったが、山本さんが橋渡し役となり、13年11月に台湾で最初のBJTが実施されたのだった。

結局、これが縁となり、山本さんが工商会・日本人会の総幹事の職を退いた後も、台湾アドバイザーとしてBJT事業に関わり続けることとなった。独立行政法人国際交流基金等が実施しているJLPT(日本語能力試験)が、級別の、総合的な日本語の基礎学力を測る試験であるのに対し、BJTはビジネスの実践場面での日本語応用力を数値化する試験となっている。日系の企業や人材派遣会社でも、スタッフの採用、昇進、昇給の指標としてすでに使われている。今後はJLPTとの相互補完の関係を築きながら、ビジネスシーンでのさらなる市場獲得を推進したい考えだ。新しい動きもある。

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「BJTは従来の年2回の一斉受験方式から、この4月にCBT(Computer Based testing)と呼ばれるコンピューター画面での随時受験方式に全面的に切り替わりました。この結果、事前に予約さえすれば、台湾4カ所の試験会場でいつでも受験が可能となり、結果も即日判定します」

これまでの台湾でのBJTの受験者は年間約1,000人。CBT化によって受験者数の拡大を目指したいと思っている。また、日本のソフトパワーをアジアに移転する人材や日本国内で不足する生産労働力の育成にも、BJTが役割を果たせる余地は大きいと山本さんは考えている。

人脈生かし日台の「潤滑油」に

ところで、山本さんの顔は実に広い。学術講演会、企業の展示商談会、学生の交流会から新書の発表会に至るまで、日台関係のイベント会場には必ずと言っていいほど、山本さんの姿がある。台湾大学日本研究センター外部支援コーディネーター、台日産業技術合作促進会諮詢委員、台日文化経済協会会員委員会副主任、台湾協会台湾連絡所長、東海旭日衛星ロータリークラブ次期会長等、幾つもの顔を持っている。官民を問わず、さまざまな組織から引っ張りだこの山本さんだが、自身の役割についてはこう語る。

「これまでの活動を通して自分が築いて来た人脈が、誰かのお役に立つとしたら本望です。若い現役世代を応援しながら日本と台湾の『潤滑油』であれたらいいなと思います」

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そんな山本さんの台湾との関わりの原点は、大学時代の恩師が台湾のことを熱く語ってくれた姿が記憶の中に残っていたことだという。今後は台湾の若年層に芽生えた台湾アイデンティティーの行方を見守っていく一方、日本側での理解が進んでいない台湾の現状について、教育の場やメディアを通じて紹介していきたい考えだ。座右の銘は、仏教経典由来の言葉で「恩は石に刻め、恨みは水に流せ」(刻石流水)。この言葉にもう一つ「功は人に譲れ」と付け加えた山本さんは、穏やかな語り口ながらも、日台の架け橋としての自身の立ち位置をしっかりと見据えている。

(2017年5月号掲載)

 

 

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