第3回 東急房地産股份有限公司 董事長兼総経理 木内亮氏

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Profile

1994年、東急リバブル入社、新築販売住宅部門である住宅営業本部に配属。96年札幌支店、98年東京にて、新築マンションの営業に従事した後、2000年に本部人事担当として業務管理課に異動。05年に法人営業部門である受託開発部に異動した後、05年~07年クライアント先である某総合商社への出向を経て、07年に受託開発部に帰任。14年に新築部門の総務・人事・経理を束ねる業務管理グループのリーダーに。新築部門での海外戦略チームの立ち上げを行い、16年東急リバブル台湾の董事長兼総経理に就任。

東急房地産股份有限公司(東急リバブル台湾)
www.livable.biz/taiwan/

取材・文:馬場克樹/写真:彭世杰

信頼関係の積み重ねを第一に

民生東路と慶城街の交差点。台北のビジネス街の一角に「東急房地産股份有限公司(東急リバブル台湾)」はオフィスを構える。その入口をくぐると、いきなり開放的な応接エリアが出迎えてくれる。デザイン性に富みながらも機能的な調度類、広い窓からの採光も見事だ。まさに社名のとおり「リバブル(Livable)」、すなわち「住みやすい」、「生き甲斐のある」空間が演出されている。この心地良い空間で、東急リバブル台湾の事業内容、日本と台湾の不動産ビジネスの現状や展望などについて、木内亮(きうち・りょう)董事長兼総経理から話を伺った。


東急リバブルは、東京急行電鉄を中核とする東急グループの不動産事業部門、東急不動産ホールディングス傘下にある「総合不動産流通企業」である。歴史をひもとけば、東急電鉄の前身で1922年に設立された「目黒蒲田電鉄株式会社」にまでその生い立ちをさかぼのることができる。まず木内董事長は、交通事業と不動産事業の関係を引きながら、次のように語ってくれた。

「電車が通れば、そこに人が集まります。人が暮らせば、街が形成されます。街ができれば、住み替え、暮らし替えの必要が生まれます。生活の原点である住みやすさを提供し、街づくりのお手伝いをすることが私たちの仕事です」

しかしながら、東急沿線を中心に首都圏に圧倒的ネットワークを持ち、日本国内でも有数の不動産流通企業に数えられる東急リバブルが、2014年に台湾に拠点を置いた理由とはそもそも何だったのだろうか。

「東急リバブルでは日本の収益不動産の出口戦略の一環として、11年に海外営業部を設置しました。その後、14年に外国為替が大幅に円安に振れたことが刺激になり、海外投資家の日本不動産購入が急増しました。とりわけ台湾からの投資が顕著になり、現地に窓口を設置してよりお客さまに近い場所での営業活動が求められたのです」

実は同じく14年、新築部門の人事・総務・経理を担当する業務管理グループのリーダーとして指揮を執る立場となった木内董事長は、自身のグループ内にも海外戦略チームを立ち上げていた。台湾にも2回ほど出張で訪れ、新築物件の販売会を台北で開催した。グループ内でも言語対応可能な台湾人スタッフを雇用し、プロモーション専門のスタッフも配置した。東急リバブル台湾の誕生は、日本の不動産業全体が海外に目を向け始めた時代の潮目を読み切った結果でもあった。そして、16年4月に東急リバブル台湾の2代目の董事長兼総経理として、自らこの地に赴任することとなる。

日本物件へ寄せられるニーズ

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「東急リバブル台湾の事業の柱は三つあります。まず日本から見た台湾からのインバウンドの物件の購入、次にインバウンド物件の売却です。もう一つが、台湾に拠点を構える日系法人に対しての不動産流通のサポートです」

まず、インバウンドの売買の部分については、台湾という外国から日本を俯瞰する立ち位置となったことにより、台湾の顧客が日本に何を求めているのか、日本をどう見ているのか、日本にいた時よりもより明確になったという。

「台湾の方々は、日本に対して『安心』や『信頼』を求めていたのです。これらは日本の商品に対するキーワードでもあります。またこちらに来て、台湾の『親日』ぶりや台湾人の日本の情報量、文化に対する理解の深さについてもあらためて実感しました。日本の不動産分野に関する専門の研究も進んでいて驚きました。その一方、日本人の台湾理解があまり進んでいない点でのギャップも痛感しました」

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東急リバブル台湾の顧客が求めているコア商品は、価格的には3億〜5億円、収入が安定した店舗物件、東京中心部のブランドエリアという3点に集約されるという。東南アジアには、利回りが年率8〜10%にもなるカンボジアのようなホットスポットも存在するが、多少利回りが低くても日本の建物に対する安心感、信頼感には代えられないと考える台湾の顧客は多い。また、東京のブランドエリアで不動産を購入すること自体が、一種のステータスシンボルとなっているとの分析も明快だ。3番目の事業の柱である現地日系法人に対する支援についても聞いた。

「これから新たに台湾に進出しようとする日系企業にとっては、店舗やオフィスが必要となります。また、すでに何年、何十年と台湾でビジネスを展開している企業にとっては、手狭になったオフィスや倉庫の移転が必要となります。最近では事業の拡大に伴って、ホテルの購入に関心を持つ企業も増えています」

出会い、人間関係がビジネス拡大の鍵

さらに、台湾ならではの独特な現象もある。日本で物件を購入し得るだけの財力のある台湾の富裕層は、台湾でも不動産を所有しているケースが多い。本来は日本のインバウンドでのお付き合いだったこうした顧客から、在留日本人に物件をぜひ貸し出したいとの相談や自分の友人や親戚等への積極的な紹介によって、連鎖的に次のビジネスに展開していくケースも決して少なくはない。

「人脈が劇的に広がっていくことは、台湾でのビジネスの一つの醍醐味でもあります。さらには、華人系ネットワークが存在するマレーシアやタイにまで拡大していくケースもあります」

ところで、東京オリンピックが開催される2020年に向けて、日本の不動産市場の展望や台湾の顧客の動向はどうなっているのだろうか。不動産市場が上向くのではないかとの期待感もある反面、実態としては日本の不動産市場はすでに上げ止まりではないかとの見方も根強い。

「近年、日台間の双方の行き来や情報量が増えた点は大変良いことです。しかしその反面、台湾のお客さまの目はますます肥えて厳しくなっています。私たちはマーケットの動向を見極め、プロの目からの的確なアドバイスを行うことが重要になります。お客さまに無用な夢を抱かせず、正確な情報を提供し、最終的な出口も含め、長い目でより良質な物件を紹介するのが私たちの務めです」

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木内董事長の東急リバブルへの入社は1994年。不動産バブルが崩壊し、この業界にとっては冬の時代だった。しかし、それゆえに一件一件地に足の着いた丁寧な営業をすることができた。度重なる転勤や出向では、それぞれの土地での価値観やライフスタイル、あるいは企業文化や意思決定システムの違いを身に付け、また立場が変わってもかつての仲間と一緒に仕事ができる喜びも知った。地道な努力の積み重ねで顧客やステークホルダーとの信頼関係を構築してきた木内董事長の横顔には、静かな自信がみなぎっている。最後に台湾でのビジネスにおいての信条、座右の銘を伺うと、笑いながらこう締めくくってくれた。

「座右の銘のようなものは特にないんです。人と人とのつながりの中で信頼関係を築いていくことが、結局はビジネスに結びつくのだと思います。特に人間関係が濃密な台湾ではなおさらです。しかし、その原点は台湾でも日本でも同じで、一つ一つの出会いを大切にしていくことに尽きるのだと思います」

(2017年7月号掲載)

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