海外経験を糧にしなやかにステップアップ

廖辰捷(リアオ・チェンジエ)(Aya)さん

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台中市出身・台北市在住
日系ウェブ広告代理店勤務
1989年生まれ(29歳)

取材・文:高橋真紀

若者の留学率が高い台湾では、10代のうちから日本や欧米に渡って豊かな国際感覚を身に付けている人も少なくない。現在は台湾の広告代理店で営業として活躍する廖辰捷も、そんなグローバルな視野を持った台湾人の一人だ。子どものころから成績優秀で、高校、大学と名門で学んだ20代女性の彼女は、日本、カナダでの留学経験を経て成長。さまざまな場所で養った知識や考え方を生かし、今では自分なりの生き方を見つけ、輝いている。(文中敬称略、以下同)


第二外国語習得でスキルアップ 

台湾生活が長くなり、台湾人の知人・友人が増えていくに従って、気付いたことがある。海外留学経験者が非常に多いということだ。日本人の筆者が外国人であるから、特別に国際色豊かな友人が増えるのかと思っていたが、どうやらそうではない。両親の意向で中学時代からアメリカやカナダの学校に通っていたという人も少なくないし、自らの意志で外国語を学び、実際に海外で生活してみようと考える若者も多い。教育部國際文化教育事業處の統計によると、台湾からの海外留学者数は2000年以降毎年2万人を超えているという。総人口が2333万人であることを考えると、留学経験者に遭遇する機会が多いのもうなずける。

今回紹介する廖辰捷も海外志向を持った20代の一人だ。高校生の時に初めて日本でのホームステイを経験し、大学時代にも交換留学生として半年間を日本で過ごした。今では、二言三言話した後でも日本人と間違われることがあるというほど流暢に日本語を操り、仕事でもその語学力を遺憾なく発揮している。

きっかけはエンタメだった。

「高校時代にジャニーズのファンになって、日本語を独学で勉強し始めたんです。特に山下智久さんが好きで、ドラマを見たり、一度だけだけどライブにも行きました」

彼女のようにエンタメから入って日本語を習得してしまうのも、多くの台湾人に共通する過程である。国際感覚だけでなく、語学センスも我々日本人より秀でているように感じる。

「きっかけはジャニースでしたけど、それから勉強して、大学時代には日本語能力試験のN1を取得しました。外国語を勉強する台湾人が多いのは、第二外国語をマスターしていないと、ある程度の給料がもらえる会社に就職したり、活躍するのが難しいというイメージがありますからね。そしてメインはやっぱり英語、日本語ですね」

エンタメを通じて日本語に出合い、勉強を始めたら、そのまま仕事で使えるレベルにまで伸ばしてしまう。台湾人の高い語学力の背景には、こうした考え方と努力があるようだ。

カナダに行って考え方に変化が

出身は台中県豊原市(現・台中市豊原区)。子どものころから自分に厳しい性格で、特に勉強に関しては努力家だったという。

「親が厳しかったわけじゃないし、なぜだか理由はわからないんですけど、いい学校に入って、いい成績を取らなくちゃ、と思っていました」

高校は台中市立高校の中でもトップの台中女子高級中等学校に進学。大学受験では台湾の最高学府・台湾大学の日本語学科を目指していた。

「でも大学受験には失敗してしまって。国立台湾師範大学に入学したんですが、師範大には日本語学科がなかったので、自分で塾に通ったり、語学センターに留学で来ている日本人学生と言語交換をしたりして、自力で日本語を習得したんです」

N1を取得して大学4年になると、交換留学制度を使って早稲田大学の文化構想学部に留学。面接では高校の成績と日本語能力を高く評価されて、半年間日本の名門大学に通うことになった。なんと日本に渡ったのは2011年4月のできごと。東京はまだまだ東日本大震災の混乱の中にあった。

「余震の中で半年暮らした感じです。私は1999年の台中921大地震も経験していますので、毎日怖かったですね。自分でもよく行ったなと思うけど、当時は大学4年になっていて、早く卒業したかったし、奨学金申請をやり直すのも大変だったから、行ってしまいました。でも留学生活は楽しかったです。一番のカルチャーショックは、日本の飲み会文化(笑)。台湾では特に学生は、あまりお酒を飲まないので」

大学卒業後は新聞社のアシスタントや日系の出版社など日本語を使える会社を転々とし、習得した日本語を糧に経験を積む。やがて2016年になると、さらなるステップアップを目指し、ワーキングホリデー制度を利用して、1年間カナダへの留学を果たした。

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「やはり一度は英語圏で生活してみたかったし、英語を話せるようになりたいと思ったんです。カナダは居住権を獲得しやすいから中華圏の人も多いし、私たちにとっては住みやすい環境なんですよ。台湾では不動産が高騰していますが、カナダなら普通に働いていれば家も買える。そういう理由もあって、あちらで将来設計を考える人も多いんだと思います」

自分を高めるために向かったカナダだったが、この土地が彼女にもたらしたのは、意外にも“ゆとり”だったそうだ。

「カナダはのんびりしていて、あそこに行ってから、考え方が少し変わりましたね。頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃと思っていたのが、少し余裕が出てきた。日本で日本企業に就職しようかと考えた時期もありましたが、カナダに行ってからは、もう少しのんびり働こうと思うようになりました。料理もちょっとやるようになったし、ライフスタイルが変わりましたね」

帰国後は台中の実家で半年ほどのんびり過ごし、興味のある広告分野の仕事を求めて台北へ。現在はWeb媒体の広告代理店営業として、朝10時から夜7時まで働く毎日だ。

住まいは会社のある國父紀念館駅近くに一人暮らし。台北屈指のおしゃれエリア東區で生活するようになってから、服装や髪型に気をつかうようになったというが、「ランチは自分でお弁当を作っていて、仕事が終わったら大体まっすぐ家に帰ります。休日も家にいることが多くて、ネットショッピングを楽しんだり、筋トレしていたり(笑)。我ながら健康的な暮らしをしていますね」

1カ月に1度は台中の実家に戻り、家族で出かけるのも楽しみの一つ。料理の得意な母親が作ってくれる好物の「蘿蔔排骨湯(大根とスペアリブのスープ)」を食べて、一息つくのがリフレッシュになっているそうだ。

「日本語ももっと生かしたいし、将来的には貿易や起業にも興味があるんですけど、当分は暮らしを楽しみながら、今の仕事を頑張りたいです。いい人を見つけて結婚もしたいですね」

若いうちから広い世界を見ることで、20代にして理想のライフワークバランスを見つける。廖辰捷の充実した暮らしぶりを聞いていると、台湾人らしいしなやかな強さを感じずにはいられない。


現勤務先情報
台灣艾摩貝爾股份有限公司(日本アイモバイル台湾支社)
アイモバイル台湾は日本最大級のアドネットワークを運営するアイモバイルグループが100%出資する台湾子会社です。台湾、あるいは日本へ進出したい企業さま向けに オンライン広告やイベント出展の提案・実施をしております。お気軽にご相談ください!
お問い合わせ:aya@i-mobile-tw.com


(2018年4月号掲載)

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