神秘の蝶・ルリマダラの美に触れる

台湾が世界に誇る生態景観。毎年、台湾南部の山間部では集団越冬する蝶の様子を見ることができる。その蝶はルリマダラと呼ばれ、台湾では「紫斑蝶(ズーバンディエ)」と表記される。今回はこの特殊生態を紹介してみたい。

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写真・文:片倉佳史

ルリマダラ(紫斑蝶)と呼ばれる美しい蝶

ルリマダラは紫の色合いで知られる蝶である。日本ではあまり耳にしない蝶だが、その美しさは特筆に値する。落ち着いた紫の羽色は、誰をも引きつけるもので、優雅な飛び方もまた、印象に残る。

この蝶は春から夏にかけて台湾各地で繁殖し、都市部や郊外で観察できる。いわゆる「珍蝶」ではないが、この蝶には他種では見られない独自の習性がある。彼らは毎年、冬場を迎えると、台湾南部に移動し、集団越冬するのである。

ルリマダラは前羽の裏側が紫色をしている。やや光沢を帯びており、羽上の鱗粉が太陽光線を浴びることで、その色合いは常に変化する。

現在、台湾にはツマムラサキマダラ、マルバネルリマダラ、ルリマダラ、ホリシャ(埔里社)ルリマダラの4種が棲息する。かつてはオオムラサキマダラもいたが、残念ながらすでに絶滅している。

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台湾全体ではルリマダラの越冬地は31カ所あるとされる。いずれも南向きで、風を背にした谷間となっている。よく知られているのは高雄市の山岳部と屏東県、台東県の低海抜山岳地帯となっている。中でも高雄市茂林区には9カ所の越冬地が集まっており、交通部観光局の茂林国家風景区が生態保育と管理を担っている。

「集団越冬」という神秘

集団越冬の様子は茂林国家風景区の管轄区域で見られる。茂林一帯は原住民ルカイ族の人々が暮らす土地で、中でもこの地域の住民は「下三社族群」という独自のエスニックグループを形成している。現在、下三社族群は三つの集団に分かれるが、それぞれが固有の言語を持ち、独自の文化を誇っているという点も興味深い。

ルリマダラの集団越冬は茂林集落の後方に位置する生態保護公園で楽しめる。集落のすぐ裏手なので、誰でも気軽に訪れることができる。

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蝶の集団越冬が見られるのは世界で2カ所だけとされている。一つはメキシコのオオカバマダラ(大樺マダラ)で、もう一つが台湾のルリマダラである。オオカバマダラはカナダやアメリカ合衆国北部からメキシコまで、4千キロ以上移動することで知られる。しかし、越冬地はメキシコの山深い高海抜地域で、越冬中は植物にぶら下がった状態でほとんど動かない。

これに対し、台湾のルリマダラは低海抜地域で越冬する。移動距離こそオオカバマダラには及ばないものの、越冬地でも盛んな活動が見られる。ルリマダラは山林に日が射し始めるころから活動を始めるといわれ、朝9時ごろから吸水や吸蜜といった活動を行う。

河原や水たまりに下りてくる個体も多く、雨が降っていなければ、ほぼ毎日、その姿を目にすることができる。特に、2月ごろからはマンゴーの花などで吸蜜する個体も見られる。ちなみに、天気の悪い日や夜間は樹木の影や葉の裏に止まり、時間を過ごす。

ルリマダラは毎年10月中旬から南遷を始め、この一帯で冬を過ごす。そして、3月から4月、具体的には清明節の前後に北部へと戻っていく。台湾の南北、その距離は100キロを超える。

本誌が刊行されるころには、茂林エリアのルリマダラはすでに北へ移動しており、雲林県の林内辺りを通過している。そして、温暖な5月から夏にかけては台湾全域でルリマダラが見られる。

移動の最盛期を迎えると、ピーク時には毎分1万頭のルリマダラが飛んでいくという。林内でも数多くのルリマダラを見ることができるが、気候条件に大きく左右されることは知っておこう。なお、茂林よりも規模の大きい越冬地が屏東県春日郷にあるとされるが、こちらは山深い場所にあり、調査は進んでいないという。

小標蝶を優先し、高速道路の車線を封鎖

ここ数年、ルリマダラは農地化や道路の建設など、さまざまな形で文明の脅威に晒されている。中でも、越冬を終えたルリマダラが北に帰るルートがちょうど台湾の南北を結ぶ第二高速公路と交差していることは大きな悲劇を生んだ。

ルリマダラの生態に詳しい廖金山氏によると、高速道路を走る車に衝突したり、車によって起きる気流に巻き込まれて蝶が大量死するといった事態が発生したという。実際に、2004年に第二高速公路(國道三號線)が全通してから、ルリマダラは激減し、雲林県の林内付近では約5万頭しか確認できない年もあったという。

こうした事態を受け、生態保護を訴える団体や市民が運動を起こした。その結果、2007年に高さ4・2メートルの防護網が1010メートルにわたって設置され、併せて植樹が進められた。これによって蝶の集団が道路を飛び越せるようになった。そして、3月初旬から4月下旬まで、第二高速公路の251・9キロ地点では、毎分当たりの蝶の個体数に応じて、外側車線を約500メートルに渡って封鎖し、蝶を優先的に通過させるという措置が実施された。

蝶の飛行経路を守るために高速道路の車線を封鎖するというのは世界でも例がなく、大きく注目を集めた。その効果も大きく、かつては致死率が4割にも迫っていたという状況が、2011年には0・2%にまで下がった。

ルリマダラを取り巻く環境

環境破壊や地球の温暖化によってルリマダラの生態環境が変容を強いられているのも事実である。

ルリマダラの集団越冬の最盛期は1960年代とされる。そのころは天を覆うほどのルリマダラの大群が見られたという。しかし、山林開発や温暖化現象で、茂林に飛来するルリマダラは激減した。現在は台湾全体でも60万頭程度、茂林には10万~20万頭程度と推測されている。

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また、2009年に台湾南部を襲った「八八水害」でも大きな影響が出た。この時は茂林区でも土砂崩れなど、甚大な被害が出た。その後の復旧工事でルリマダラが寄り付かなくなり、その年の蝶の個体数は最低となったという。一方で、災害によって途絶された地域では、人が入らなくなったことで、かえって自然生態が守られ、ルリマダラの数が増えたという皮肉な事態も起きている。

さらに、温暖化現象によって花の開花時期がずれたりすると、ルリマダラが蜜を得られなくなったり、水不足によって吸水行動ができなくなったりする。また、越冬には蜜のある植物が必要で、最近はマンゴーの花が北へ向かうルリマダラにとって不可欠な存在となっている。しかし、これもまた、栽培過程で用いられる農薬がルリマダラの生命を脅かす。

こういった状況の中、各機関は協力体制を組んでルリマダラの生態環境を守る努力を続けている。最近は生態保護についての社会的関心も高まり、台湾が誇る自然の神秘を守ろうとする動きは盛んだ。

本誌刊行時であれば、雲林県林内の辺りが北へ向かうルリマダラの通過点となる。情報は集めにくいが、林内郷公所(役場)のウェブサイトで状況を知ることができる。


アクセス
林内郷公所
URL: www.linnei.gov.tw
電話:(05) 589-2001
E-mail:service@ms1.lina.gov.tw

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