第6回 特樂通股份有限公司 董事長 大塚順彦(おおつか・よしひこ)氏

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Profile

1986年、旅行大手JTBに入社。海外団体旅行の営業業務に従事し、世界各国を飛び回る。92年、海外不動産投資の専門会社に転職し、ショッピングセンターから牧場までの買い付け、市場開拓などを手掛ける。中国アリババ日本法人でのアウトバウンドEC業務を経て、98年に入社したIR(インベスター・リレーションズ)会社で一流企業のビジネス戦略、フィナンシャル分析のノウハウを得る。2001年より㈱テレコムスクエア取締役として経営に携わる。12年、海外事業展開を始め7カ国で現地法人を設立。13年、テレコムスクエアの台湾現地法人「特樂通股份有限公司」を設立。

特樂通股份有限公司
www.telecomsquare.tw

取材・文:林 綾子/写真:彭世杰

時代の波をとらえて大きく成長

国際モバイル台湾シェアNO.1

海外を飛び回るビジネスパーソンにとって、また日本を飛び出し異国の地で生活する者にとって欠かせないのがモバイルインターネットサービスではないだろうか。今や老いも若きもスマートフォンを片手に持ち、カフェで、列車内で、街角のあらゆる場所から世界と瞬時につながっている。それは日本であっても台湾であっても、そして初めて訪れる海外の地であっても変わりはない。そんな便利さを実現させてくれているのがWi-Fiレンタルサービスだ。

今回はいち早く台湾でWi-Fiルーターのレンタルサービスを事業化し、今なおこの業界をリードし続ける「Wi-Ho!」でおなじみの「株式会社テレコムスクエア」台湾現地法人、「特樂通股份有限公司 (テレコムスクエア台湾)」の董事長である大塚順彦(おおつか・よしひこ)氏にお話を伺った。

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社会人、激動のプロローグ

人生はドラマだ――大塚氏の話にそんな言葉を思い浮かべた。大学卒業後「いろんな国へ行ってみたかったから」という理由で「JTB」に入社したという大塚氏。時は1980年代、海外旅行が一般化してきたころで業務は順調だった。しかし、けがによる3度の手術と入院。病院のベッドでの余す時間は大塚氏を深慮させ視野を広げた。「世界の経済は動いている、もっと世界経済に触れたい」そう考え、海外投資専門会社に転職を決意した。

仕事は海外不動産の管理・開発を中心に、さまざまな市場開拓を行うこと。海外の投資物件から産出される乳製品や海産物、機械などを日本へ輸入し販売も行った。中でもクラシックカーの事業はスケールが大きく、世界中からさびだらけのパーツを集めて再生し、新品同様に組み立てた後、日本へ輸入していたとか。このころに金をかけずにプロモーションするPR術も学んだ。

さて万事うまく回っていたかのように思われたが、ある日突然の社長の一言、「工場閉鎖!」で一変する。再生を請け負っていた車を完成できなくなり、前払いで集めていた代金は借金として大塚氏の肩にのしかかってきた。数千万円の高級クラシックカーのバックオーダーは数多くあった。「今ならばこれだけ用意できる」とパーツや金を持って顧客に土下座をして回り、なんとか許しを請うた。

そんな日々が1年余り続いた。そうして借金の返済が済むと、「きちんとした企業ノウハウを学びたい」と、今度は日本の大手企業のIR(株式公開企業による投資家に対する業績状況や戦略等の情報発信)を一手に手掛ける専門会社に入社する。ここでは企業戦略などあらゆることを学んだが、ピーク時の就業時間はなんと月420時間。まさに馬車馬のように働いた。

「上記以外にもいろいろやってきたが」と前置きの上で、いよいよ「テレコムスクエア」との出合いが訪れる。IR専門会社で働きながらも、それと並行するようにテレコムスクエアの業務を手伝い始めた。91年、日本で初めて携帯電話のレンタルサービスを始めたのはテレコムスクエアだが、当時来日したゴルバチョフ大統領に携帯電話を貸し出した、というエピソードも飛び出した。

さて激務の中でいつそんな時間があったのかと不思議に思うのだが、プロジェクト単位でテレコムスクエアに関わり始めた。そして2001年、旧知の間柄だった社長からの度重なるラブコールに応える形で正式にテレコムスクエアに入社。常務、専務、代表取締役としても経営に携わるようになる。このころの日本は携帯電話が広く普及するも、海外で使用するには高額なローミングサービスが一般的で、ビジネスユースとしても「現地番号」を持つ携帯電話利用が求められていた時代。海外を飛び回るビジネスマンを抱える法人相手にどんどん成長を遂げた。

足下の落とし穴

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その後、2012年より同社では海外事業展開に乗り出す。アメリカ、シンガポール、バンコクなど世界7カ国に次々と支店・営業所をオープン。その現地法人設立に大きな役割を果たしたのが大塚氏だ。とりわけ3カ国目となる台湾での尽力はただならぬものがあった。Wi-Fiルーターのレンタルサービスは日本の事業者がアジアへ、台湾へ、と持ち込んだものだ。とはいえ、先陣切って台湾へ乗り込んだのかといえば、実は違う。その3カ月前に他社がすでに進出し、それを追う形で台湾へやってきた。いわば出遅れ。当然思うようにはいかず、旅行会社には試供で逃げられ、次へとつなげられない。営業しても結果は出ない日々が続いていった。

最大の苦難は身近なところにもあった。いわば身内であるはずの業務委託を行っていた会社が突然、売り上げ金の送金を怠るようになってしまった。在庫も顧客リストも全て彼らの手中。彼らとの関係をうまく保つため、「〝忍〟の一文字で耐えた」という大塚氏。かなりの損失を出しながらもなんとか和解し、それからはお互いの道を歩むようになった。

ビッグウェーブの到来

台湾の運営は当初、現地の同業他社に業務委託を行っていた。大塚氏は出張ベースで台湾を訪れては営業を繰り返すも結果が振るわない。そこへ突然、業績の流れを変える第一波が発生する。ブロガーだ。ある時、一人のブロガーが「テレコムスクエアのWi-Fiルーターはいいね」とネット上につづった。商品の写真、使い方、使い勝手などが詳細に書かれたその記事をきっかけに、瞬く間にその名が台湾中に広がることとなる。2012年のことだった。ご存じのように、台湾ではブロガーの支持は厚い。下手な広告よりもその影響力がある、とさえ言われている。大塚氏は、それは台湾人特有の気質によるものだと言う。「彼らはなんとも素直。日本をはじめ諸外国ではネット上には陰湿な言葉があふれているが、台湾では誰かが『いいね』と言えば、『何?』『どこ?』と素直な返事が返ってくる。台湾人ブロガーの記事の内容の濃さも他の国より秀でている」。そんなブロガーらのおかげで業績はどんどん上がっていく。

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そしてそのおよそ半年後に第二の波が訪れる。台湾の大手企業から次々と提携の話が舞い込んだ。11社の銀行、そして2大航空会社などが、レンタル料金の割引と引き換えに自らのカスタマーに同社の商品を宣伝するというのもの。Wi-Fiルーターをレンタルすることにより海外、特に日本行きの顧客を捕まえることは彼らにとっても大きなメリット。互いにWin-Winの関係を築き上げた。これも優待サービスが盛んな台湾ならではの展開といえよう。

そして、2013年には正式に台湾現地法人「特樂通股份有限公司 (テレコムスクエア台湾)」を設立。進出当時のことを踏まえ、委託会社を通すことなく運営を始めた。そしてその翌年、新たに大きな波をつかむこととなる。同業他社を押さえ、桃園国際空港に自社運営のカウンターを開設する運びとなったのである。同年のうちに空港カウンターの開設は5カ所にまで増加した。

それらは台湾進出からわずか数年の出来事。4人だった社員は現在107人、みるみるうちに大きく成長した。大塚氏の話からは、取り掛かりこそ苦難があったとはいえ、その後は順風満帆の台湾展開に見える。その秘密とは……?

 

徹底した顧客目線

短期間で台湾No.1と言われるまでに成長した「テレコムスクエア台湾」。その勝因はどこにあるのだろうか。大塚氏は「社のスローガン、〝顧客目線〟にある」と言い切る。受け取り方法一つにしても使う人自らが自分のスタイルに合わせた選択ができると言う。例えば、出国直前に空港カウンターで受け取れることもできれば、事前に好きな場所へ宅配便で届けてもらうことも、近くのコンビニで受け取ることもできる。これなら扱いに不慣れな人はカウンターで設定してもらうことができるし、忙しいビジネスパーソンや旅慣れた人なら煩わしいフェイス・トゥ・フェイスの接客を省くことも可能。そして返却は空港の返却ボックスに投入するだけでOKという手軽さだ。こうした顧客一人一人のわがままに合わせた対応が、6割近いリピート率達成のカギと言えるだろう。

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また商品に対しても真摯な姿勢がうかがえる。我々がレンタルするのはルーター機器でありながら、実は見えない回線を借りている。SIMカードに至っては見えない回線を購入しているのだ。その本質は残念ながら一度使っただけでは計り知ることはできない。業者によっては1回線を分割して二人、三人へと貸し出すこともあるのだとか。この分野に全く知識のない筆者はただうなづくばかりだが、「当社では回線は一人1回線」と大塚氏は胸を張る。「当然、回線を共有して使えば品質に影響してくる。それは見えないものだからこそ利用者には理解しづらい」

こんなことはないだろうか。「使い放題」の文句に飛びついてレンタルしたものの、ある一定容量を超えると途端に速度が落ちる。これは「使い放題」という名のトリックで、一定量以上には規制をかけている。スムーズにつながらずとも、かろうじて使える状態でさえすれば「使い放題」と呼ぶのが一般的のようだ。しかし「当社の使い放題は速度が落ちない」と大塚氏は強調する。「だからこそ顧客はわかっている。選ばれる理由はそこにある」

大塚式社員教育でビッグウェーブを作り出せ

顧客満足度を上げる一方で、社員満足度の充実にも力を入れている。半年に一度ESS(従業員満足度調査)を行い、社内全体の士気を高めている。「仕事の中にワクワクを見つけてほしいから」と大塚氏。「顧客ももちろん大切だが、社員の気持ちも大切。まずは自分たちが満足しないと顧客に喜びを与えることはできない」と語る。

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大塚氏の社員教育の重きは、業務内容よりも仕事に対する考え方にある。常に押さえつけ、指示を与える「マウス型」管理ではなく、ある程度の範囲を与えてその中で自由に取り組ませる「ルンバ(自動掃除機)型」管理を目指している。「董事長は皿回しをしていればいい。社員一人一人が持つ皿(業務)がうまく回っているか常に遠くから見守り、皿が止まりそうになったら誰よりも早く駆けつけて手を差し伸べる」そんなふうに例えてくれた。

日本と台湾の違いを「慎重に物事を進める日本人に対し、台湾人はフットワーク軽くスタートを切るが、後からもめることが多い」と分析する。けれど「そのフットワークを止めてはいけない」とも言う。彼らのやる気をそぐようなことを避けるためには常に見守り、範囲を超えてしまった時には、彼らの頑張りを認めつつ軌道修正させる。これらはこれまで大きな会社、小さな会社、あらゆる場所であらゆる波にもまれてきたからこそ生まれた考えだと大塚氏は語ってくれた。

最後に座右の銘を伺ってみると、「執着心を持たず、やるべきことを全力でやる」と答えてくれた。これは台湾に来てからの気付きだと言う。「以前は思い通りにいかないと過去にこだわり落ち込んだ。けれど現実を受け入れ過去に執着しなくなったら、自然と物事がうまく流れていくようになった」と語る。数々の荒波をくぐり抜けてきたからこそのこの言葉が、深く印象に残った。

今後は訪日観光客トップシェアの利点を生かし、インバウンド事業にも力を入れていく予定で、その試みはすでに始まっている。大塚氏は言う。「社員一人一人の小さな波が共振し、一つになって大きな波になればとてつもないものが生まれるに違いない。このビッグウェーブをどう演出していくのか考えている」

近い将来、「テレコムスクエア台湾」から幾つもの大きな波が発生、そして派生し、台湾を、世界を「テレコムスクエア台湾」の渦に巻き込んでいくことであろう。

(2017年11月号掲載)

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