友士股份有限公司

USE Electronics Co., Ltd.

友人に助けられ創業40年、台湾発総合商社

日本と台湾の交流が盛んになり、台湾で起業する日本人も珍しくはなくなった。その台湾で起業して今年創立40周年を迎えた日本企業がある。40年前の台湾はもちろん戒厳令下であり、日本が台湾と断交して3年後。対日感情は今とは異なるそんな時代に起業した。ここまで育てた苦労話を聞こうと尋ねたが、加藤惇一董事長(76)は「友達に助けられてここまで来た」と言うだけ。助けてくれる友達がいたということは、それだけ台湾人との深い付き合いがあったということだ。

%e2%97%8bimg_6541-2-2low「2、3年はやってみるか」と起業して……

加藤さんが起こした会社は電子部品からガラス加工設備、さらには加工食品や飲料まで幅広く手掛ける「友士株式会社」(資本金6614万元)。加藤さんは、もともとは日本の電子部品企業の技術者で、1973年、提携していた台湾企業に顧問として派遣された。会社からは「言葉だけやればいい」と言われたが、そうもいかない。それでも日本人のエンジニアというだけで台湾の人には信用され、共通の専門用語を通じて技術者同士はなんとか、意思の疎通はできるようになった。
そんな暮らしを1年半ほどして、帰国。半年後に突然、会社を辞めた。「少し、ゆっくりしたかった」からだという。働き尽くめの毎日、それも慣れない外国人の中に一人放り込まれて1年半。精神的な疲れもあったのだろうか。が、退職して、実は、また、台湾に舞い戻った。「遊びに来たんです。毎日、飲み歩きました」。
しかし、いつまでも遊んでいられる身分ではない。カネもなくなってきたし、友人から「せっかく来たんだから、何かしたらどうや」と言われ、カネなしでできるのは何かと考えて、「貿易」にした。友人の友人がやっていた貿易会社で見習いとして“修業”し、半年後の1975年4月に「2、3年間はやってみようか」と会社を立ち上げた。なにしろ家族は日本にほったらかし。「しばらく食えればいい」という軽い感じだった。実はこの月、台湾では重大事件が起きていた。蒋介石が亡くなったのだ。

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アジアに広がる拠点一覧。

さまざまな規制を乗り越えて……

大きなおカネがなくてもできると思って計画した貿易会社だが、実際はそう簡単ではなかった。当時の規制で外国人は責任者になれない。自分が実質社長だが、名目上の社長は友人になってもらった。名前だけの責任者とはいえ、事が起きれば「名前だけです」では通らない。それを承知で引き受けてくれるのだからまさに本物の友達だ。
現実の経営ではもっと大きな問題があった。当時、台湾では貿易会社は輸出業務だけで、輸入は制限されていた。国の外貨準備高が少なかったのが、主因だろう。輸入するには、まず年間100万ドル以上を輸出すること。そうすると輸入の権利がもらえる。何の実績もない、発足したばかりの貿易会社に100万ドルも輸出する力はない。
だが、ここでも「友人」が助けてくれた。「香港の友人が台湾の商品を100万ドル買ってくれたんです」。輸入権を得ると、すぐに日本から材料輸入。時は第一次石油ショックの直後。日本のメーカーは喜んで販売させてくれた。
次なる問題は資金。手持ちのカネはない。銀行は実績がないから、なかなか貸してくれない。「ビジネスはいっぱいあるけれど、カネがないという状態でした」。規制緩和で名実ともに社長になり、日本から資金を入れるなどしてなんとか生活できるようになった。そこで妻子を呼び寄せ、ようやく家族そろっての暮らしが始まった。
そして今、当初、電子部品の販売で始まった「友士」が扱う商品は、建築材、各種機械、光電、工業用オートメーション製品から乳製品、健康食品、ミネラルウオーター、さらには日本酒(地酒)や焼酎まで。年商は1億7800万ドル(2014年度)に上る。扱う商品は日本製品が多いが、台湾のLED、コンデンサ(蓄電器)、医療用工具なども扱い、中国でも数ヵ所拠点展開し、「台湾発の日系総合商社」を自認している。

社会貢献でプロ棋士を育成、支援

「運がよかったんです。台湾が高度成長に入った時代だったから恵まれていたんです。なによりも友人たちに助けられました」と加藤さんはこの40年を振り返り、「友人」を繰り返す。その友人たちへの恩返しではないが、台湾にちょっと変わった、しかし大きな社会貢献もしている。
それは「囲碁」。加藤さんは囲碁ファンで、台湾のプロ棋士について数年間、囲碁を習った。その棋士を通じて、台湾のプロ棋士で競技だけで生活できるのは数人に過ぎず、ほとんどは指導碁で生計を立てていることを知った。そんなプロ棋士たちの育成、支援のため2008年、中華職業囲碁協会を設立、自ら理事長に就任した。「友士」の名を付けた冠大会も毎年開催、囲碁会には60人以上のプロ棋士が所属、その事務所は友士の本社が入る同じビルの別フロアを提供している。

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加藤さんは昨年1年間は病気で日本の大阪にある自宅で療養していた。今も大阪と台北を行ったり来たり。兼務していた総経理を辞めて、今は董事長だけ。友人の名を借りて3人でスタートした貿易会社はいまや従業員300人を超える。40周年を迎えて台湾経済も大きく変化した今、初心に帰ってもう一度頑張ってみたいと思っている。

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社員旅行では大広間で宴会。

会社:友士股份有限公司(USE Electronics Co., Ltd.)
所在地:台北市忠孝東路一段85號20樓
URL: jp.use.com.tw


取材・文:迫田勝敏

(2015年11月号掲載)

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