「台北大空襲」(下)「埋もれかけた歴史」

戦後70年特別企画

 台北大空襲は台湾人の間でもあまり知られていない。戦時中、厳しく報道管制したからだ。だが、戦後になっても台北大空襲は公にはならなかった。戦後、台湾に移ってきた蒋介石政権は戦時中の連合軍の一員。戦勝国が連合軍に空襲されるはずがない! 被災台湾人は悶々とした思いを一人胸に抱いて生きるしかなかった。そして今年、戦後70年の節目に民間グループが大空襲の写真展を開き、埋もれかけた歴史にようやく光が当てられてきた。

 

都市ノ機能ヲ喪失セルハ5市

「全島十一市制施行地中、都市ノ機能ヲ喪失セルハ基隆、新竹、嘉義、台南、高雄ノ五市、同半減セルハ彰化、屏東、宜蘭、花蓮港ノ四市、同三分ノ一ヲ減ゼルハ台北市ニシテ僅ニ保持シタルハ台中市ノミニ過ギズ……」
台湾への空襲は、1944(昭和19)年10月から本格化したといわれ、台湾各地で被害が出ていたが、空襲の公式記録はわずかに総督府警務局が終戦直前の1945年8月にまとめた「台湾空襲被害概況」があるだけだ。
この報告はガリ版刷り。漢字とカタカナで40ページ余り、一字一字丁寧に書いてあり、当時の困窮ぶりと総督府係員の真剣な勤務ぶりがうかがわれる。報告は1944年10月から1945年8月10日までの各地の空襲を記録、その冒頭が前掲の文章だ。
これを読むと、当時の台湾11市のうち正常に機能していたのは台中市だけという状態になっている。当時はあまり都市化していなかったが、11しかない市の10市までが不正常というのは危機的状況だ。

米軍発表と食い違う死者数

実際、「報告」は台湾各地の空襲では「爆弾八萬四千七百五十六、焼夷弾三萬五千四百六十三個、計十二萬二百十九個ヲ投下」と記す。死者は6100人で、台北大空襲があった昭和20年5月の月間の死者は1323人。31日だけで死者3000人とする米軍発表とはだいぶ違うが、かなりの犠牲者だ。
そんな危機的状況もその土地の人以外には知られていなかった。戦意喪失を恐れて当局が報道管制していたからだ。当時の新聞も台北大空襲の話はひと言も書いていない。
それでも大空襲を示唆するような記事があった。当時、新聞統合で唯一の日刊紙だった「台湾新報」の南部版が6月5日の紙面で「総督島都を視察」と伝えた。台北版は本社が爆撃を受け、新聞が発行できなかった。
記事は安藤総督が1日、爆撃跡を視察したと報道、続けて「府局部長会議」の見出しで1日、「総督府臨時本部たる総督官邸」で会議が開かれたことも伝え、総督府が使えなくなっていること、つまり炎上を示唆している。

空襲素通りで、政府は抗日紀念事業

報道管制で表に出なかった台北大空襲は、戦後も公にはならなかった。台湾師範大学の洪致文教授は、戦後、台湾に移ってきた蒋介石政権は米台関係重視で、米国非難になる大空襲のことは言わなかったのだろうと言う。そしてもう一つ、蒋介石政権の歴史教育は抗日戦争だ。日本と戦ったことが重点で、日本の植民地だった台湾のことは素通りした。

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第二次大戦中の台湾人の犠牲者のために慰霊碑建立をと訴える元特攻隊員(左)   =8月15日、台北二二八紀念公園で。

その姿勢は国民党政権の今も引き継がれ、今年は日中戦争の引き金になった盧溝橋事件が起きた7月7日から中正紀念堂で「対日抗戦真相特展」を開催、来年6月まで1年間のロングランとする力の入れようだ。
こうした政府に反発するように、台湾教授協会などが台北の二二八紀念館で米軍の資料写真などを基に台北大空襲展を開催した。これが好評で同協会には各地から開催要請が来て、結局、今も地方を巡回展示している。一部には、二二八事件や白色テロで犠牲者を悼む紀念碑があるが、空襲犠牲者の慰霊碑はない、という声があり、慰霊碑建設の話も出ているという。

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馬英九政府は「抗日戦争勝利」の展示会を来年7月まで開催=中正紀念堂で。

 


媽祖が爆弾を蹴飛ばす――各地に残る伝説

昭和19年10月からの空襲は台湾各地で行われた。その中でいかにも台湾らしい話も残っている。政治大学の薛化元教授が言う、「私は彰化出身ですが、彰化も空襲があったそうで、祖母はよく『媽祖廟に爆弾が落ちたけれど、媽祖様が遠くに蹴飛ばしたので廟は爆撃されなかった』と話していました。似たような話は台湾の各地に伝説として残っていますよ」
さすが媽祖の国だが、媽祖だけではない。台北市の観光スポット、龍山寺は昭和20(1945)年6月に焼夷弾が落ち、ほぼ全焼したが、主神の観世音菩薩だけは奇跡的に蓮台に端座したままで、焼けずに残った。

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台北の観光名所として外国人も多く訪れる龍山寺。

龍山寺管理委員会の黄欽山董事長によると、観音様の蓮座の下に十数人の参拝客が逃げ込んで命拾いした。参拝客が少なかったのは「蚊のせいです」と黄董事長。
「空襲の直前、蚊が異常に大量発生。このため参拝に来た人たちは、たまらないと参拝を諦めて帰宅したそうです。帰らなかったのが蓮座の下に逃げ込んだ十数人。なんで蚊の異常発生? それは観音様が知らせてくれたんですよ。今日は危ないから早く帰れ、とね」。
圖說 龍山寺 012 台北の観光名所として外国人も多く訪れる龍山寺。


写真・文:迫田勝敏

(2015年12月号掲載)

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