第25回 見せるため

 退勤時のMRTのホーム。寒さに耐えながら電車を待っていると、そこに登場したのが特大の花束を抱えた女性。

こんな風景に出くわしたことはありませんか。

台湾ではここ数年、バレンタインデーが一般にも認知されるようになっています。中国語で「西式情人節(シーシーチンレンジエ)」、日本語にすると「西洋式恋人の日」とでもなるんでしょうか(ちなみに西洋式があるってことは中華式もあるわけで、それが七夕です)。とにかく、この日は男性が女性に愛を込めてプレゼントを贈ります。

そこで冒頭のシーン。花束を抱えた女性は恋人からの愛のプレゼントを抱えて帰宅中なのです。

さて、これを見て、ぼくなんかは彼女の度胸に感心してしまうわけです。あんなに注目を集めて恥ずかしくないんだろうかって。だから、ぼくだったら花束を抱えて帰宅なんて考えられないし、そもそも恋人が職場に花束なんて持ってきた日には、「お前、何考えてんだ!」って大混乱に陥ってしまいます。

ところが、彼女にそんな素振りはなし。それどころか、どこかしら堂々とした空気さえ漂っています。

そこのところを台湾人の友達に聞くと、

「何いってんの。あれは人に見せるため。わたしって、こんなに幸せなんだってことを」

はあ、そうですか。人に見せるためですか。

でも、彼女のことを見てる人って、彼女が思うように「幸せそうだ。うらやましい」って思うんでしょうかね。やっぱり、恥ずかしい。ぼくにはそうとしか思えないんですが……。

 

見せるためといえば、いきなり路上ではじまる恋人同士のケンカ。これ、前々から思ってたんですが、ぼくは絶対に人に見せるためだと思います。

何気なく道を歩いていると、すぐその横で女性の大きな怒鳴り声。

「何いってんの!」

ぼくだけでなく、周りの人もみんな振り向いて視線は一斉にそちらのほうへ。

すると、彼女が鬼の形相で彼のほうを睨みつけてる。

「あんた、最低ね!」

たたみかける彼女に、その場の空気は凍りつき、道行く人の足もその場で停止。

それに対して、彼のほうはというと、周りの視線を横目で見ながら、どう対応したらよいのかあたふたという感じ。こうなったら、もう冷静になったほうの負けです。彼のほうは一刻も早くその場を収拾したくて「わかった。わかった」と白旗宣言を出してしまうのです。

でも、こんなケース。ぼくは、いちばん冷静なのは、実は怒りまくってる彼女のほうではないかと思うのです。つまり、大声で怒鳴る。人が振り返る。その人たちを味方につける。彼のほうは追い込まれて降参。

と、ここまでの流れを読んだ上で、冷静かつ大胆に行動を進めている気がしてならないのです。

 

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イラスト 高橋きのこ

 

ところで、花束抱えて帰宅する女性も、路上でいきなり怒声を発する女性も、日本ではあまり見かけないような気がします。

発想が違うといってしまえばそれまでなんですが、ぼくはそれ以前に社会の受け入れ度の違いもあるんじゃないかと思います。

どういうことかというと、こういう人たちは周りに対して「わたしは今、うれしいんだ!」とか「怒ってるんだ!」という主張をあたりかまわずやるわけです。

はっきりいってウザい。

でも、台湾ではこれが結構、受け入れられるんです。だから、彼らもそれを知ってて主張する。

そして、そんな社会。ぼくはある意味、いい社会なあだと思います。そこには人の素直な感情を包んであげようという優しさが感じられるからです。

さて、今年のバレンタインデーも出会えるでしょうか。花束を抱えた女性たち。もし、出会ったなら、ぼくは観客をやりたいと思います。よろこんで。

(2016年2月号掲載)

 

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