第26回 転居通知

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イラスト 高橋きのこ

 もうかなり昔のこと。ワンルームマンションを借りて、そこをオフィス兼住居にしていた時期があるんですが、そのときの話です。

当時、そこに住んでたのはぼくだけなのに、毎月知らない人宛ての郵便物がいくつも送られて来るのです。郵便物に書かれた住所を確認しても、たしかにうちの住所で間違いなし。で、これがひとりだけじゃなくて何人も。それに会社宛てのものとかも。

というわけで、何とも不思議に思いながら、これら郵便物の処理に本気で頭を痛めてました。

そのときの郵便物。どんなのがあったかというと、まず鄭さんという男性宛てのもの。これは駐車違反の青切符が何度も送られて来る。こういうのは、捨てるのもためらわれて、受け取った側は困ってしまいます。

それから黄さんという、これも男性。彼宛てのものは「讀者文摘」、リーダーズダイジェストです。本人には申し訳ないけど、これは勝手に封を開けて読ませてもらいました(一応いつ黄さんが引き取りに来てもいいように、ページを折らないよう気を付けながら)。それにしてもこういうのはちゃんとお金を払ってるはずなのに、よく放っておけるなと感心してしまいます。

あとは朱さんという女性のもの。彼女のものがいちばん多かったのですが、ほとんどが高級ブランド品のカタログとかスパの広告。何となく彼女の日常を垣間見ることができて、それはそれでおもしろかった。

そしてこのほかに会社宛てのもの。何をやってる会社なのか全然わからないんだけど、送られて来るのは主に請求書の類。

とにかく彼らはみんな引っ越したあとも住所変更というものをしてなかったのです。

 

さて、住所変更といえば、台湾じゃ転居通知というのをもらった記憶がありません。

みんないつの間にか、知らないうちにいなくなってる。

そしてこれは転居に限らず、転職でもいえるような気がします。

お客さんの会社に電話して「陳さん、いる?」と聞くと、「彼女なら辞めたよ」という同僚の返事。しかも何事もなかったかのように淡々と。

先週打ち合わせをしていたときにはそんな素振りさえなかったのに、一体どうなってんだ。そして驚きのあとには「辞めるなら辞めるってひと言いってくれればよかったのに……」という儚さがじわっと湧き上がって来るのです。

まあ、ぼくと陳さんが特別仲が良かったとかそういうわけでもないんですけど、それでも人間、けじめというか何というか……(陳さんのほうはきっとそんなこと欠片も感じてないと思いますが)。そんなことをひとり考えながら、新しい担当者ともう一度はじめから仕事の打ち合わせをやり直すのです。

 

ところが最近、台湾も変わったもので、転職のあいさつメールというのをもらう機会がちらほら出て来ました。そこには「わたくし張○○は某月某日をもって、転職することになりました。これまで長らくお世話になったこと、心から感謝申し上げます」、みたいなことが書いてある。

そして、こういうのをもらうと、ぼくは急にわけもなく嬉しくなってしまうんです。で、すぐにメールを返す。

「張さんの今後のご活躍をお祈りいたします。頑張って!」

するとおもしろいもので、これに対してたいていの場合、メールだとか電話だとか何らかのリアクションがあります。

そのとき、ぼくはこう思うのです。

まあ何だかんだとこれまで言い争ったこともあったけど、それも今思うといい思い出、やっとわかりあえたような気がするなあ。

そして妙に感傷的になったりしながら、新しい仕事が落ち着いたあとの連絡を約束して、しばしのお別れをするのです。

でも、こうやってお別れした人からその後、連絡が届くことはほとんどありません。

時間はこんなふうに流れていくのです。

(2016年3月号掲載)

 

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