第27回 分享の話

 日本ではすっかりおなじみの「爆買い」という言葉。春節やら国慶節やらに中国人が押し寄せて家電やコスメを大量に買ってゆく様(さま)は、日本人にはかなり衝撃的に映るのではないかと思います。

で、これについて専門家の方々は、その理由を円安や日本製品の品質のよさなどと分析しておられます。

たしかにそういう要素もあると思います。ただ、ぼくから見ると、これはすごく経済評論的な意見といいますか、それ以外にももっと根底に何か理由があるような気がしてならないのです。

何故なら「日本では安くていいものが買えるからこの機会に買えるだけ買うぞ」というのはわかります。でも、それと同時に「同じものをそんなに大量に買ってどうすんだ?」という疑問も残るからです(転売目的だという方もいるかもしれませんが、これも違うような。高いツアー料金をぽんと払ってやって来るお金持ちの客人たちが小銭ほしさにそんなたいへんな思いをするとは思えないからです。運ぶのだって楽じゃないし)。

そこでふと思ったのが「分享(フェンシアン)」です。

「分享」というのはシェア、共有といった意味ですが、そこには単に共有するだけに留まらず、いいものだから自分の家族や友人にもそれを味わってほしいといった気持ちが込められています。

「このピーナッツバターのジャム。まとめて買っちゃったから、ひとつあげるわ。結構おいしいんだから」とか「コーヒー豆、箱買いしたからひとつどうぞ」ってな具合に。ただ、ただ相手のことを思って気前よくあげちゃうんです。

こうした状況、台湾では日常の中でごく普通にあるのですが、これと似たような感情が「爆買い」の中国人の根底にも流れてると思うのです。

だから彼らは安いからたくさん買うんじゃなくて、「だれか」にあげるためにたくさん買うのです。「日本でこんないいもの買って来たから、ひとつ持って帰りなよ」なんていいながら、帰国後、友人と楽しそうに会話してる中国人の姿が、ぼくには目に浮かびます。

 

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イラスト 高橋きのこ

 

 

さて、そんな「分享」ですが、ぼくがこの感覚をいちばん身近に感じたのは数年前、まだ雑誌の編集をしていたころに地元のメディア関係者たちと行った取材旅行でした。

バスに乗るなり、みんなが持ってきたお菓子、飴とか煎餅とかビスケットとかを取り出して、ほかの人たちに配りはじめたのです。

前から後ろから、右から左から。あちこちから同時にお菓子が回って来る。

みんな大はしゃぎで楽しそう。まるで車内にウェーブが起きてる感じでした。そして、この同じお菓子をみんなで共有している感じ。これがぼくからすると「分享」。「爆買い」の根底にあるものなのです。

台湾人の友達に聞くと、こうしたお菓子の「分享」は何も取材旅行に限ったことではないらしく、遠足や知らない人同士が参加する団体旅行でも同様のことがあるとのこと。台湾人にはしっかりと根付いた文化なのです。

 

ところで、どうして台湾では普通にある「分享」が日本ではあまり見られないのか。それは相手に接するときの習慣の違いではないかと思います。

というのは、自分がいいと思ったものを相手に勧めるという行為。とても素晴らしいともいえますが、一歩間違うと強引な押し付けにも取られかねません。そういうとき日本人はいいと思ったものを勧めるよりも相手が迷惑でないかを考えてしまいがちです。

たとえば、たばこを吸うという行為。台湾ではさっと2、3本取り出して周りにいる人みんなに勧めます。その人が吸おうが吸わまいが関係なく。でも、日本なら吸わない人にたばこを勧めるなんてとんでもなく失礼、と考えてしまうわけです。

「爆買い」のことを考えていて、ふらふらとそんなことを思ったのでした。

(2016年3月号掲載)

 

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