第29回 とにかく交渉してみる

弁当屋でのことです。

昼時のいちばん混み合う時間帯ということもあってか、カウンター付近はテイクアウトのお客さんでいっぱい。注文を聞く店員の声もつい荒くなっていて、戦場のような空気が漂ってます。

そんな中、やっとの思いで注文を済ませて待っていると、ぼくのうしろに並んでたおばさんが早口でまくし立てました。

「鶏腿(ジートゥイ)弁当ふたつと排骨(パイグー)弁当みっつ。鶏腿のうち、ひとつはごはん少なめ、排骨ふたつはごはん多め。それから鶏腿の付け合わせは、ひとつは苦瓜はいらないから、その代わりほかの野菜にして。あと排骨のひとつは干し豆腐じゃなくてキュウリの漬物に。ああ、肉は全部食べやすいように切っといてね!」

すごい注文の仕方。

でも、唖然とするぼくの横で、店員はこの注文をごく普通に受け止めて、奥の厨房に伝えています。何という記憶力。というか、ここまでくるとすでに職人技の粋に達してるような気さえします。

ところで、ふと思ったのですが、こういう注文の仕方、日本ではあまりお目にかかりません。「それ、いらないから、ほかのに変えて」とか、「ごはん多めにちょうだい」とか。そんなのにいちいち対応してたら、店のほうもたいへんだし、お客のほうもそんなことで店員の手を煩わせるなんて非常識だと考えてしまうからでしょう。だからなのか、店員から「すみません、ちょっとそういうのはお受けできないんですよ」なんていわれると、「あっ、そうなんですか」と潔く引き下がる人がほとんどのような気がします。

でも、そこのところ、台湾では割とおかまいなし。とにかく交渉してみるという人によく出くわします。同じお金を出すんだから、要求はいわなきゃ損ってな具合なんでしょうか。

で、これに対して店側もたいていの場合はだめだとはいわない。素早くコスト計算だけして損がないとわかれば、お客の要求に応じる。これによってお客もお店もハッピーということで一件落着するのです。

 

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イラスト 高橋きのこ

 

さて、とにかく交渉してみるという、この感覚について、台湾の人たちは日本人と比べて格段に「前向き」な気がします。それどころか、中にはそこから話がはじまるぐらいに思ってる人もいます。

で、それは何も弁当の注文に限ったことじゃありません。

たとえば、何かを申請するとき、書類が足らないとか、受付窓口が閉まってしまったとか、規則上はだめだとわかっていても、「そこのところを何とか」とか「どうしてだめなの?」とか、とりあえず交渉してみます。

警察に交通違反で捕まったときだって、ああでもない、こうでもないといいながら、何とか「無罪」に持ち込もうと、ここでも交渉。

そして、その交渉が結構成果を上げたりもするのです。

そういえば、ぼくも台湾に来た当初、もうかなり昔のことですが、台湾人の、とにかく交渉するという行為を見て、「ああ、これが台湾で生活していくのになくてはならない術なのか」なんて、本気でそう思ったこともありました。

ところが、最近台湾も変わってきました。

社会全体で、決められた規則は守ろうという気運が高まり、それとともに何でもかんでもとにかく交渉なんていってる人は徐々に減ってきたのです。この現象は、特に若い人たちの間で顕著に見られます。

で、ぼくがたまに昔の感覚で「頼むから何とかしてよ」とかいって交渉したりしようとすると、「何? このおじさん」なんて白い目で見られたりするのです。そしてその瞬間、急に恥ずかしくなって、「自分の感覚も常にアップデイトしないとね」なんて、ひとり反省したりするのです。

とにかく交渉。

悪いとはいいませんけど、せいぜい料理の注文あたりで止めておいたほうが……やっぱりいいんでしょうね……。

(2016年6月号掲載)

 

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