台湾人青年たちの命を救った 日本人警部の物語

写真・文:片倉佳史(かたくらドットねっと)
120718-p1160625
1. 緑の山並みに映える朱色の廟建築。

台湾には日台の絆を感じられる物語が数多く存在する。苗栗県の山間部に祀(まつ)られる廣枝音右衛門(ひろえだ・おとうえもん)氏のストーリーもその一つ。戦時中、マニラの市街地で起こった激戦と台湾人青年を救った一人の日本人。今月24日には41回目の慰霊祭が催される。

獅頭山に祀られる日本人警部

台湾北西部の苗栗県。緑豊かな山道を進むと獅頭山へ到着する。ここは山肌に複数の道教寺院が点在し、清国統治時代から霊山として知られてきた。喧騒(けんそう)とは無縁の世界が広がり、かつては台湾十二勝にも挙げられた景勝地である。週末にはハイキングに訪れる人も少なくない。

そんな山中に建つ「勧化堂」に一人の日本人が祀(まつ)られている。その名は廣枝音右衛門(ひろえだ・おとうえもん)。祀られているとはいっても神像はなく、本堂右手の部屋に位牌が置かれているだけだ。しかし、30年以上の長きにわたり、台湾の人たちによってその霊は弔われてきた。

祀られている廣枝氏は神奈川県足柄下郡生まれ。湯河原での小学校教員を経て、1930(昭和5)年に渡台。台湾では警察官として、基隆(きいるん)や新竹、苗栗などを転々とした。38歳の時に新竹州の警部に昇進。そして、1943(昭和18)年に台湾青年で構成された海軍巡査隊の指揮官に任命される。

廣枝氏の部隊が向かったのはフィリピンのマニラ。ここで第二次世界大戦最大ともいわれた市街戦と向かい合うことになる。当初はまだそれほど緊迫した状態ではなかったというが、1945(昭和20)年に入ると戦況は悪化し、米軍の猛烈な攻撃を受けるようになった。しかし、こうした状況にもかかわらず、司令部は巡査隊の武装解除を通告。隊員たちは三八式歩兵銃を軍に差し出すことを要求され、代わりに竹槍と棒地雷、円錐弾が渡された。これは戦車に体当たりすること、すなわち玉砕することを意味していた。

m100925-p1250636
2.広範な地域に廟が点在する。

部下を守り、自らは自決を選択

1945(昭和20)年2月3日、米軍がマニラ市街地へ突入。日本側は陸軍が撤退し、海軍陸戦隊が中心となっていたため、圧倒的に不利な状況となっていた。その後、市街戦は約1カ月にわたり、街は焼き尽くされた。

そんな状況の中、廣枝氏の部隊にも突撃命令が下される。氏は戦闘の続行は不可能であると判断していたが、命令に逆らうことはできなかった。2月23日、廣枝氏は部下を召集し、「おまえたちは台湾で父母兄弟が待つ。行ける所まで行け」と涙ながらに語った。その後、自らは壕の中に入り、自決を図った。享年40歳だった。

台湾人の部下たちは米軍に投降し、生き永らえた。そして、祖国に帰還した後、廣枝隊長の恩に報いるため、「廣枝祠」を建てることを思いつく。しかし当時の台湾は中華民国に組み込まれ、国民党の独裁政権下にあった。敵国人だった日本人を祀ることは極めて危険だった。そこで、獅頭山に永代仏として合祀し、供養してもらうことにした。そして、1976年9月26日、最初の慰霊祭が執り行われた。

ボランティアによる慰霊祭ツアー

その後、毎年9月に慰霊祭は行われてきた。しかし、月日の経過とともに部下たちの数は減り、2012年には最後の一人だった劉維添氏も慰霊祭当日に他界してしまう。劉氏は巡査隊の小隊長を務めた人物で、筆者は生前に何度か話を伺うことができた。劉氏によれば廣枝隊長は心の広い人格者で、誰に対しても分け隔てなく接していたという。70年の歳月が過ぎても隊長への想いは決して色褪せることがなかったようで、劉氏が隊長について語る際は、いつも目に涙が溢れていた。

130921-p1210402
獅頭山で話を伺う参加者。

2008年からは在留邦人の渡邊崇之氏が中心となり、有志たちも慰霊祭に参加するようになった。渡邊氏は台北でコンサルティング会社を経営する傍ら、日台の歴史的繋がりについて研究を続けてきた。渡邊氏は2007年に劉氏がたった一人で慰霊祭を行っていることを知り、慰霊祭のサポートをするようになった。そして、劉氏の逝去後はその遺志を継ぎ、毎年ボランティアで慰霊祭ツアーを続けるようになった。関心を寄せる人は年々増え続けており、昨年の参加者は総勢48人でバス一台が満席になるほどだった。

今年の慰霊祭は9月24日(土)で、すでに多くの申し込みがあるという。戦争という悲劇の中にも日台の絆は存在していた。そのことを知って感動を覚える人は少なくないはずだ。廣枝隊長と部下の物語に触れてみてはいかがだろうか。

120718-p1160620
生前の劉維添氏。

(2016年9月号掲載)


獅頭山慰霊祭ツアー
慰霊祭ツアーには在留邦人や日本語世代のお年寄りなどが参加している。慰霊祭後は南庄で客家料理を賞味。散策後、台北に戻る。
■日時:2016年9月24日(土)8:00出発、17:30ごろ解散。
■集合場所:台北駅東3門出口
■会費: 完全実費制で1000元程度(バス代、お布施、食事代込み)。空席状況は上記までお問い合わせください(現地での合流も可能)。
■お問い合わせ先:LinkBiz台湾(電話 02-2568-2334)

もどる

広告

コメントを残す