第32回 片っ端から

最近、携帯電話を換えました。

近い将来、2Gが使えなくなるので4Gに替えなければいけないといわれたからです。実のところ、何が2Gで何が4Gなのか、ぼくにはよくわからなかったんですが、携帯電話が使えなくなるのは困るし、それに中華電信がキャンペーンをやってるということだったので、めんどくさいと思いながらも重い腰を上げて行って来たわけです。
その日はキャンペーンの最終日。ぼくがサービスセンターに着くと、すでに3、4人の人が番号札を手に順番を待っていました。開いてる窓口は2つ。ざっと見積もって30分も待てば無事新しい携帯電話を手にすることができると思ったんですが、いくら待っても順番が回って来ません。
どうしてか。
ひとりのおばさんが窓口のひとつを独占してたからです。
もう少しわかりやすくいうと、そのおばさん、キャンペーン内容について窓口の係員に片っ端から質問してたんです。
「ねえ、こっちの機種だと何がどう違うの?」
「えっと、それはですね……」
「こっちのプランだと料金はいくらになるの?」
「えっと、それはですね……」
「この機種は何色があるの?」
「えっと、黒と白と赤と……、赤は在庫があったかなぁ」
こんな具合に、いくつもある機種のすべてについて事細かく聞いていたのです。
一方、店員もこれに対して律儀に答えてる。で、いつの間にか、ぼくのうしろには十人以上のお客さん。気が付けばサービスセンターに来てからもう1時間以上。
ぼくたちは何もいわず、ずっと自分の番がくるのを待っていました。

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さて、そんなおばさんを見て、ふと思ったのが、先日スーパーへ行ったときの出来事でした。
野菜売り場でトマトを買おうとしたときのこと。トマトの棚の前におばさんがドンと立ち尽くし、ぼくが棚に近づくのを阻止。まあ、ぼくより先にいたわけだから、文句をいう気もなかったんですが、そこでおばさんが何をしたかというと、発泡スチロールのパックに入ったトマトをひとつずつ手に取って片っ端から品定め。その間、やはりぼくは何もできずに、ただひたすら彼女が立ち去るのを待つだけでした。
このときのおばさん、「わたしの用が終わるまで、そこでおとなしく待ってな」みたいな強いエネルギーを発散してて、これが携帯電話のサービスセンターで見たおばさんと同じ空気だったんです。
こんなふうにされると、待ってる側はもう何もできないというか、「まあ、こんなことはめったにあるわけじゃないし、きょうは運が悪かったな」ぐらいに考えるしかなくなってしまいます。そして、「状況を全部把握したいのはわかるけど、もう少し何とかならないのかい」と心の中で毒づきながら、ひたすら黙って待つしかないのです。

そういえば、ぼくのよく行くコーヒーショップでも似たようなことがありました。でも、そのときは違った展開に。
これもおばさんなんですが(ごめんなさい、今回はおばさんばかりで。たまたまです)、メニューをめくりながら、苦(にが)みはどうなのかとか、酸味はどうなのかとか、そこに書いてあるコーヒーについて片っ端から聞いていました。
ウェイトレスはそのたびにひとつずつ、コーヒーの風味について説明しています。で、ぼくはその横で気の毒に思いながら、事の成り行きを伺っていました。
ところがこのとき、若くてイケメンのウェイターが現れてこういいました。
「苦いのがお好みでしたら、当店の特製マンダリンはいかがでしょう」
すると、おばさん、さっきまでの質問なんてなかったかのように「じゃ、それ」、とひとこと。
えっ、そんなに簡単に解決しちゃうの?
あまりのあっ気なさに、ぼくは魔法にでもかかったような気分になったのでした。

(2016年9月号)

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