臺灣日通國際物流股份公司 – 台湾域内の物流を経営の第3の柱に

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 経済の発展に物流の発達は欠かせない。逆に言えば、物流が盛んになれば経済も豊かになる。日本と台湾の経済交流が近年大きく広がっている背景には物流業の活躍がある。その一翼、あるいは主翼かもしれないのが「臺灣日通(以下、台湾日通)」だ。台湾経済の発展もあって今や日本から台湾へ、台湾から日本への物流だけでなく、台湾域内での物流にまで業務を広げ、社名通りの「台湾日通」となっており、やがては自前のトラック輸送も始めようかと明日を見つめている。

故宮博物院の宝物も運ぶ

「台湾経済も変わってきましたね。特に2005年ぐらいから」と今村昌昭・董事長兼総経理は言う。今村董事長は昨年、台湾日通に赴任したばかりだが、前任地は上海。「その前は大阪で、その前は北京で、その前は……」。約30年の社歴のうち日本の職場は10年で、3分の2の20年は中国駐在。中華圏の経済動向に明るい。
台湾日通が扱うのは大別して飛行機と船による国際貨物、それに国内(台湾内)の貨物。国際貨物の中には特殊貨物もある。重量の重い物、長大な物、さらに精密機器など。昨年はその特殊貨物で世界的な宝物を運んだ。日本で開かれた故宮博物院展の宝物である。
ハイライトの「翡翠の白菜(翠玉白菜)」と「瑪瑙の角煮(肉形石)」は特製の箱に入れ、博物院の係員が手持ちで飛行機に乗って運んだが、ほかの展示品はいくつかのコンテナに入れて航空輸送。台湾日通が梱包から出荷までコーディネーターとして立会い、日本到着後は博物館まで日通の社員が直接扱った。日通には学芸員の資格を持つ社員が何人かいる。だからこそできる業務だ。
台湾日通が故宮の宝物を扱うのは台湾で長年の経験に裏打ちされた信頼があってこそだ。台湾進出は実は1967年と古い。当初は駐在員事務所だけで実務は代理店契約した地元企業の扱いだった。その時代が20年も続き、1988年に地元代理店と合弁会社を立ち上げ、国際航空貨物専業で店開き。2000年には資本規制の緩和で日台折半出資に。さらに2003年には日通100%出資になり、2007年には海運を任せていた代理店を買収し、今、派遣社員100人を含め総勢500人の「台湾日通」が完成した。

いずれは台湾でトラック輸送も

問題は業務。台湾経済が変わったというのは台湾企業の中国進出が増えたこと。今村董事長が言う「2005年」は台湾の国民党と中国共産党のトップ会談が戦後初めて開かれた年。以後、台湾海峡の往来が増え始め、2008年には馬英九政権の誕生で、両岸の経済交流は急速に拡大。リーマンショックもあり、台湾企業がどっと中国に向かった。
台湾日通は、それまで空と海で日台間を結んだ国際貨物中心に扱ってきたが、一方の顧客である台湾企業が中国へ行ってしまうと、新たな「食い扶持」を探さなければならなくなった。そこで力を入れ始めたのが国内物流、つまり台湾域内の物流で、それまではほぼノータッチ。そこで国内物流を国際航空、国際海運に次ぐ第3の柱にという戦略だ。
「日本企業も台湾市場にモノを売りたいと思っている。特に日本の地方の産品を売りたがっている」と今村董事長。続けて「台湾は初めての海外展開をしやすいのでしょう。海外進出の練習用とでもいうか、最初は台湾という企業が多い」とも言う。
4年前の東日本大震災後、台湾から巨額の義捐金があったこともあり、台湾に目を向ける企業が増え、台湾進出も増加、台湾域内の物流のニーズも拡大している。当面は台湾域内の輸送は地元のトラック業者に委託しているが、扱いが増えれば自前のトラックが必要になってくる。その場合、地元業者は低価格が売り物だけにコスト競争を覚悟しなければならない。

戦前の日通社員がまだ健在

もちろん個人のお客さんも忘れていない。日本の宅配サービス「ペリカン便」は2010年に郵便事業の「ゆうパック」に引き継ぎ、撤退したが、台湾では地元業者、台湾宅配通に全面的な技術支援をしている。特に今はネット通販など日本で生産された生活雑貨や食品などを購入する人が増えている。日本食品の輸入規制が気掛かりだが、こうした産品の配送需要は拡大傾向。その保管などのための倉庫も5ヵ所確保している。

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台湾域内の物流を担う桃園市の倉庫NEXT

引っ越しサービスは日通が台湾の日本人マーケットで一定のシェアを誇る。ただ、引っ越しは3,4月、9,10月に集中しているのが悩みだ。シーズン中は人手が足りないほど忙しいが、シーズンが過ぎれば、需要は大幅に減少。人の配置をどうするか頭が痛い。
人といえば従業員の勤務状況。長い中国の経験から今村董事長は「台湾は社会に規範があり、中国に比べれば、台湾人は勤勉で、決められたことはきちんとする」と大満足。ただし「物流の人材が不足している」とも言う。

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昨年末(2013)、台湾南部・嘉義縣に完成した台湾日通の国際物流センター。

勤続5年未満社員の転職率が高いというのは台湾の日系企業共通の悩みだが、台湾日通には勤続20年以上という社員も20人前後いる。実はもっと古い「社員」もいる。台湾日通は合弁会社のスタートから数えても創業27年の企業だが、実は日通そのものは1937年、国策会社として発足した。当然、日本統治時代の台湾にもその営業網は築かれ、当時の台湾の日通は1000人の社員を抱えていた。その昔の日通で働いていたという女性が二人健在で、南部の駅で働いていたという。
「もっといるはず。今、掘り起こし中です」と今村董事長。台湾日通は旧日通も含めれば大きなファミリーになる。それは国内物流をもう一つの柱にする上で大きな力になる。

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臺灣日通國際物流股份公司
所在地:台北市大安區忠孝東路4段285號14樓
TEL:+886-2-2752-1010
URL:www.nipponexpress.com.tw/


(2015年6月号掲載)

取材・文:迫田勝敏

2015 台灣日本通運

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