台北の歴史建築を巡る~和風建築編

写真・文:片倉佳史(かたくらドットねっと)

台北では日本統治時代に建てられた多くの建築物を見ることができる。その中には日本式の木造家屋も少なくはない。どことなく落ち着きを感じられるたたずまい。今回はそういった和風建築の趣に触れてみよう。

%e3%82%a4%e3%83%a1%e3%83%bc%e3%82%b803low    3.北投温泉博物館には大広間が残されている。

各地に設けられた日本式家屋群

今回は台北市内に残る木造家屋を紹介したい。先月号、先々月号でも見てきたように、日本統治時代に設けられた官庁舎や学校は西洋式の建築が数多く見られた。しかし、一方で住居としては日本式の木造家屋が大半を占めていた。今回はそういった建築物を取り上げてみたい。

これらの多くは官舎として公費で建てられたものである。設計に際しては細やかな規定があり、職位や階級によって、建坪や間取り、敷地面積などが決まっていた。これは厳格なもので、現存する木造家屋についても官舎であれば、間取りや大きさから職位が推測できるほどである。

1923(大正12)年に関東大震災が首都圏を襲い、これによって台湾の建築も耐震構造が意識されるようになる。建築界の進化もあり、昭和時代に入ったころからは木造の純和風建築は数が減り、鉄筋コンクリート構造の堅固な建物が増えていった。いわゆる和洋折衷の洋館スタイルが増えていったのも興味深い。

公共空間としては劇場や映画館などに木造建築が見られたが、こういったものは耐久年数の問題もあり、現存していることは少ない。しかし、中には和風の雰囲気をまといながらも、構造は堅固な建物もあり、こういった物件の多くは今も姿をとどめている。最近はこういった家屋がカフェやレストランにリニューアルされて話題となることも多い。

注目される「リノベーション物件」

日本統治時代に建てられた木造家屋はすでに70年という時間を経ており、老朽化によって取り壊されていった。しかし、1990年代後半、李登輝総統時代に進められた民主化によって郷土意識が高まり、老家屋の保存運動が盛んになった。現在は古蹟として管理され、修復の上で再利用されるケースも増えている。

台北市内でも多くの老家屋が修復され、往時の姿に戻されている。こういった「再生空間」は気軽に立ち寄れる所が多いので、散策を楽しんでみたい。老家屋を巡りつつ、往時の家並みに思いを馳せる。そんなことが楽しめるのも台湾の魅力といえるだろう。

北投溫泉浴場>>北投溫泉博物館

日本統治時代に北投温泉浴場として開設。1923年には皇太子(後の昭和天皇)もここを訪れた。人々は畳敷きの広間で湯上がり後のひとときを楽しんだという。現在は郷土文化を展示する空間となっている。

台北市北投區中山路2號/02-2893-9981/9:00~17:00 (月曜定休)

足立仁教授邸宅>>青田七六

青田七六は旧足立仁教授邸宅。旧台北帝大や師範学校の教職員住宅が集まる青田街は終戦まで、昭和町と呼ばれていた。広い敷地には樹木が植えられ、戦後70年の歳月を経てうっそうと茂っている。現在はカフェ空間として整備されている。

台北市青田街7巷6號/02-2391-6676/11:30~ 21:00(第一月曜休)

石井稔助教授>>野草居食屋

野草居食屋は居酒屋と日本料理店の複合空間。汀州路周辺は日本統治時代は閑静な住宅地だったが、戦後は外省籍の下級兵士たちがなだれ込み、雰囲気は大きく変わった。旧台北帝大農学部の石井稔邸。一帯は川端町と呼ばれていた。

台北市同安街28巷1號/02-2366-0618/17:00〜0:00(土日はランチタイムの営業有・無休)

瀧乃湯

戦前から営業している北投の温泉銭湯。今も往時の風情を保っている。敷地内には「皇太子殿下御渡渉記念碑」が移設保存されている。昔ながらの銭湯の風情を愛する人は少なくない。

台北市北投區光明路244號/02-2891-2236/6:30~21:00(無休)

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林田桶店

戦前から続く手作り桶の店。「台湾最後の桶職人」と呼ばれた故林相林氏は気さくな人柄と流ちょうな日本語で多くの人を引きつけていた。中山北路は台湾神社の表参道だった幹線道路で、御成道路、もしくは勅使街道と呼ばれていた。

台北市中山北路1段108號/02-2541-1354/不定休

台北州知事公邸>>市長官邸文藝沙龍

かつての台北州知事公邸。敷地面積800坪というこの建物は当時の高級宿舎によく見られた和洋折衷の造り。畳敷きの部屋はあるものの、基本的な間取りは洋風となっていた。現在は文芸サロンとして市民に開放されている。

台北市徐州路46號/02-2396-9398/9:00~22:00(無休)

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国父史蹟紀念館

広い庭園を従えた料亭建築で、「梅屋敷」を名乗っていた。終戦までは賓客の接待などに使われていた。現在は孫文を記念した空間となっており、ふすまなどはそのまま残されている。

台北市中山北路1段46號/9時~17時(月曜休)

(2016年7月号掲載)


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