第37回 騒音で思うこと

暦の大みそか、夜中の12時が近づくと聞こえてくる爆竹の音。はじめはどこか遠慮がちにババババッと単発音が聞こえたかと思うと、それに釣られるかのようにほかのところでもババババッ。で、ちょうど12時に差し掛かったその瞬間、堰を切ったかのように、

ババババッ、ババババッ。
パパパパッ、ババババッ。
ヒュー。ヒュー(これは衝天炮といって、かなりうるさい)。
ババババッ、パパパパッ。

これがしばらくの間続きます。
ぼくなんてはじめてこれを聞いたときには、どっかから爆撃機が大群でやって来て、市内一掃爆撃がはじまったのかと思ったほど。とにかく耳をつんざく迫力満点の大爆音です。

でも、一部ではこの爆竹の音、真夜中にうるさい、空気汚染になる、近所迷惑だ……。などということで禁止を求める声も聞かれます。現に中国なんかでは、かなりの都市で爆竹禁止令や制限令が出されてたり(ちなみに台北については学校や医療機関、文教エリアの半径50 メートル内を除けば、旧暦大みそかは爆竹OKらしいです)。

まあ、大みそかの爆竹、たしかにうるさくないとはいいません。ただ、ぼくとしては年に一回のことだし、何といってもおめでたいことでもあるんで、心情的には「いいんじゃないかな」なんて思ったりするんですが……。


 うるさいってことでいうなら、ふと思い出したんですが、爆竹なんかよりずっと近所迷惑なのが昔よくあった街中での葬式です。

その辺の道端とかにビニールシートで囲んだ張り出しテントのような葬儀場を作って、そこで読経。さらには、チャルメラを吹いたり銅鑼や太鼓を鳴らしたり。と、これだけでも騒音公害と呼ぶには十分なんですが、中にはこの儀式を決まった日の決まった時間に行わなきゃいけないっていう習慣があるらしく、それが時には深夜の12 時だったり早朝の4 時だったり。とに
かく何でこんな時間にやるんだと思う時間にいきなりはじまることもありました。

そして、一旦これがはじまると、うるさくてテレビの音は聞こえないし、寝てたとしたら絶対に起こされる。一度なんかは我慢できなくなって、警察に通報しようとしたこともあります。でも、当時のルームメイトの台湾人が頼むからそんなことしないでくれって。で、どうしてだと聞くと「だって葬式なんだから、仕方ないよ」とのこと。

まあ、言い分はわからないでもありませんが、それでもこっちにとっては我慢できる範囲を大きく超えた暴力的な騒音。こんなのが延々と続いた日にはたまったもんじゃない。そのときは本気でそんなふうに思ったものです。


も、こんな台湾伝統のうるさい葬式もいつの間にかほとんど見なくなりました。これについては拡声器を使っちゃいけないとか、音量が一定の基準を超えてはいけないとか、時間制限があるとか、道路使用に関する申請を出さなきゃいけないとか、いろんな規則ができたからかもしれません。

まあ、これも台北が近代都市になっていく過程のひとつ。一種の時代の流れといってしまえばそれまでなんでしょう。社会全体で個人の権利が重視されるようになって、これによってみんなの生活が快適になっていく。たしかにいいことなのかもしれません。でも、そのせいで古い伝統はひとつずつ消えていく。やっぱり寂しいものがあります。そういえばここ数年、ぼくが台湾に来たばかりのころに比べると、大みそかの晩の爆竹の音も心なしか謙虚になったような気がします。

(2017年2月号掲載)

もどる

広告

コメントを残す