素顔の台湾人 Vol.31 自らのメディアを通して、愛する野球を伝えたい

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雷明正さん

台北市・内湖生まれ
台湾プロ野球・ラミゴモンキーズ二軍通訳。29歳(1987年6月25日生まれ)

取材・文:高橋真紀

野球一筋20数年。年間5回は日本を訪れ、プロから学生まであらゆる野球を観戦する強者である。インターネット世代の野球マニアは自らメディアを立ち上げ、大きな夢を抱きながら日本野球の情報を日々発信している。

台湾の親日ぶりは、6年前の震災で多くの人が知るところとなった。最近では日本への興味もより深くなっている。日本好きの若者に出会うと、日本人よりも知っていることが多く、驚かされる。例えば温泉。例えば雑誌。日本の最新情報を台湾人から教わることも少なくない。

今回紹介する雷明正もその一人で、彼の場合はかなりの日本野球マニアだ。取材の待ち合わせ場所に現れた雷明正が手にしているトートバッグには、オリックスバファローズのロゴ。取り出した携帯電話には使い古した阪神タイガースのカバーがかかっている。

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「阪神ファンで関西が好きなので、京セラドーム(オリックスの本拠地)にもよく行くんです」

現在はラミゴモンキーズ二軍通訳として、コーチを務める元西武ライオンズの杉山賢人氏の日本語通訳を務めている。

「通訳として屏東(台湾南部)に派遣されたんですが、トレーナーさんを除けばスタッフは二人しかいないので、なんでもやっています。選手からキャッチボールの相手になってくれと言われることもあります。完全に肉体労働ですよ(笑)」

屏東は2月に気温が摂氏30度を記録した。キャンプ中から強い日差しにさらされていたそうだ。確かにその顔は真っ黒に焼けていた。

小学生のころに出合った野球

台北市内湖生まれ。地名の由来にもなっている大きな湖の近くの内湖高校を出た後、南オーストラリア大学のイギリス文学部を卒業した。今は日本語を得意としているが、先にマスターしたのは英語で、アメリカ出身選手とのコミュニケーションも問題なくこなしている。オーストラリアで出会った友達が日本人だったことから、日本語にも興味を持ち始めた。

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野球との出合いは、小学生の時。台湾プロ野球が開幕して台湾の野球熱が高まっていたころで、兄弟エレファンツの大ファンだった叔父に連れられて、よく野球を見に行った。今の台北アリーナがある場所に台北棒球場という球場があり、台湾プロ野球の試合が開催されていたのだ。特に記憶に残っているのは1999年9月20日の三商タイガースと和信ホエールズの試合。観客が101人しかいなかったことも印象的だが、球場の上を鳥がぐるぐると飛び回っていたので、変な胸騒ぎがしていて、帰宅すると台中大地震が起きたのだそうだ。

その他の試合も、まるで昨日見てきたように話してくれる。記憶力の良さを思わず褒めると、雷明正は照れくさそうに言った。

「試合の開催日や観客数、スコアも全部覚えています。野球のデータに関しては、昔からいつのまにか頭に入ってしまうんです」

日本のプロ野球と出合ったのは、1998年のことだ。前年に台湾プロ野球では八百長疑惑が起き、混乱のなか雷明正の気持ちも離れてしまっていたところだった。当時NHKで放送される日本プロ野球連盟(NPB)の試合は台湾でも放送されていた。そこで初めて目にしたのが、横浜ベイスターズ対阪神タイガースの優勝決定戦。横浜ベイスターズの38年ぶりリーグ優勝がかかった試合だった。優勝した横浜ではなく、阪神ファンになったところに自分の性格がよく表れているそうで、「弱いチームほど応援したくなる」と笑う。大学時代YouTubeが普及し始めたころで、毎日のように日本の野球ニュースを見て日本語力を磨いた。

ちょうどその翌年から阪神タイガースの監督に就任した野村克也氏の「ID野球」(データを重視する野球)に多大な影響を受け、著作「野村ノート」を約2年間かけて読破した。「日本語で最後まで読んだ最初の本です。それ以降野村さんの本はすべて読みました」。日本語で情報を吸収できるようになってからは、興味に拍車がかかっていく。

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サイト「野球News」を立ち上げ

大学を卒業し、1年間の兵役を終えた2010年、一度は日本に行ってみたいと日本の企業に就職し、2年ほど働いた。2011年末に台湾に戻り、企業の広報を務めた後、2013年にメジャーリーグ(MLB)の日本語版Facebookのライターとなり、初めて仕事で野球と関わることができた。2015年にはウェブメディア三立国際新聞の記者となり、入ってすぐデスクに昇格する。基本的には国際ニュースを扱う部署だが、野球に関わるネタがあれば、自ら積極的に現場に足を運んできた。

MLBに携わっていた2014年ごろ、仕事とは別に雷明正は自らのメディアを立ち上げた。「野球News」というYouTubeのチャンネルと、Facebookページを作り、日本野球を愛する仲間8人と運営しているのだ。YouTubeでは毎週NPBに関するニュースをキャスター役の仲間が届ける。Facebookでは最新情報を記事にまとめて随時アップしている。内容を見てみると、選手の移籍情報や、球団幹部の人事まで伝えるという徹底ぶりだ。

2014年に元中日ドラゴンズの台湾出身選手・大豊泰昭氏が51歳の若さでこの世を去ったことは、台湾でも大きく報道された。NPBを愛する雷にとって、日本で頑張る台湾人選手の存在はやはり特別だ。雷は大豊氏が開いた中華料理店に足繁く通い、信頼関係を築いてきた。引退後の大豊氏がどうしているのか、店はどこにあるのか、野球News上で詳細な記事を書いた。亡くなる4カ月前にはYouTubeにメッセージ動画を掲載。野球Newsは大豊氏の肉声を届けた最後のメディアとなった。「僕は諦めません。また会いましょう」と中国語で力強く語りかける1分弱の動画は、現在までに2万6000回以上再生されている。

球団の通訳スタッフとして働きながら、自ら趣味の域をはるかに超えたメディアを運営する日々。野球漬けですね、という言葉に相好を崩した雷明正だったが、今後の夢について聞くと表情をぐっと引き締めた。

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「野球Newsは自分のすべてなんです。これを発展させていくことが一番の目標。いつかはNPBの試合が中継できるほどのサイトに成長させて、仲間たちにも給料を払えるメディアになりたいと思っています」

(2017年5月号掲載)

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