●雲林と嘉義結ぶ日本時代の橋、修復へ

日本統治時代にサトウキビ運搬用の鉄道橋として建造された北港復興鉄橋の修復工事が間もなく開始される。鉄橋周辺と合わせて「鉄道橋遺跡博物館」として整備し、地域観光の発展を後押しする。

同橋は北港渓にまたがり、中部・雲林県北港と南部・嘉義県新港を結ぶ。雲林県政府文化処によると、1909(明治42)年に建造され、全長は約879メートル。当初はサトウキビなどの輸送に使われていたが、戦後に鉄道を接収した台湾糖業が旅客輸送を開始すると、橋は媽祖廟の総本山といわれる北港朝天宮を参拝する信者の交通の要道となった。だが、製糖業の衰退と交通網の発達により、台湾糖業の鉄道は没落。1982年に旅客輸送を停止した後、1998年には路線が全面的に廃止され、橋は次第に荒廃していった。2001年、歴史的意義と芸術的価値を有するとして雲林県政府によって県の歴史建築に登録された。

遺跡博物館の設計を手掛ける建築家の廖偉立氏によれば、橋の上には歩道と自転車専用通路を設け、北港渓両岸をつなぐ観光動線とする計画。かつての“参拝鉄道”としての空間的記憶を呼び起こせればと廖氏は話す。

廖氏は復興鉄橋の付近に位置する北港女児橋の修復にも携わった。同橋の修復は2015年に完成し、現在では地域の新たな観光名所になっているという。(中央社フォーカス台湾)

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