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Formosa再発見!  風の町、新竹 歴史散策とB級グルメを楽しむ

取材・文:片倉真理/写真:片倉佳史(かたくらドットねっと)

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1.緑が美しい城壁の跡地。

 台湾の北西部に位置する商業都市。「台湾のシリコンバレー」という異名を誇り、ハイテク産業の基地として知られている。一方でその歴史は清国時代にさかのぼり、町のいたるところで歴史建築を目にする。そして、庶民が育んできた食文化も大きな魅力となっている。のんびりとミニトリップを楽しんでみたい。 

 

瀟洒な新竹駅から散策をスタート

新竹はハイテク産業の都市として注目されている。外資系企業が数多く進出しており、日本人や欧米人の姿を見かけることも少なくない。同時に、歴史や文化を誇る都市でもあり、市内には多数の歴史建築や古跡が残っている。
歴史散策の起点となるのは、町の玄関口でもある台湾鐵路の新竹駅。ここは2013年に百周年を迎えた老駅舎で、台湾を代表する駅舎建築とされている。中央上部に時計塔を抱き、風格が漂うバロック建築は、ドイツ留学経験がある松ヶ崎萬長(まつがさき・つむなが)によって設計された。随所に精緻な装飾が施されており、何度見ても飽きることがないだろう。ちなみに、同じく大正期に建てられた台中駅は今年10月に駅舎としての役目を終えてしまったが、こちらは今も現役を貫いている。
駅舎を背にして中正路を進むと、清国時代に建てられた城門「迎曦門」が現れる。かつての新竹は城壁に囲まれ、東西南北に城門が設けられていたが、現存するのは迎曦門だけとなっている。なお、城壁の跡地は日本統治時代に濠(ほり)として整備され、樹木が生い茂る憩いの場に生まれ変わっている。

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3.かつての映画館は影像博物館となった。

日本統治時代の建築が数多く残る

中正路をそのまま進むと、左手には新竹市文化局影像博物館が見えてくる。ここは日本統治時代、「新竹有楽館」という名の映画館があった場所。すっきりとしたモダニズム建築で、外壁には北投の窯で焼かれたタイルが貼られている。当時としては珍しいフルエアコンシステムを採用しており、最先端の娯楽施設と謳われていた。現在は映画に関する博物館となっており、不定期ながら、ドキュメンタリー映画の上映会などが催されている。
その少し先には、壮麗な雰囲気をまとった新竹市政府(市役所)の庁舎が見える。ここは1926(大正15)年に新竹州庁舎として建てられた官庁建築。台湾北西部の広範な地域を管轄していた機関で、建物は1944(昭和19)年に空襲を受け、一部が倒壊したが、その後に修復されて現在に至っている。
特徴的なのは屋根の部分に黒瓦を用いていることで、独特な雰囲気をまとっている。柱や欄干にも装飾が施され、瀟洒な雰囲気を醸し出している。また、隣の旧新竹市役所も往時の姿を留め、「新竹市美術館暨開拓館」となっている。こちらでは展覧会やイベントなどが随時催されている。
新竹市政府の向かいには1937(昭和12)年に竣工された消防署が残っている。新竹は雪山(旧称次高山)から吹き下ろす風に加え、冬場になると東北季節が吹きつけ、強風に晒される。とりわけ、冬場は頻繁(ひんぱん)に火災が起こるため、消防が重視されるようになった。建物の中央には市内を見おろせる櫓(やぐら)があり、長らく市内で最も高い場所だったといわれる。現在は消防博物館となっており、参観が可能だ。

新竹を代表するグルメスポット

歴史建築巡りを楽しんだ後は食べ歩きを楽しみたい。市政府の正面にのびる中山路を進んでいくと、左手に城隍廟が見えてくる。ここは新竹を代表する古刹(こさつ)で、信仰の中心であるだけでなく、味自慢の屋台が集まることで知られている。
まずは新竹名物のビーフン(米粉)を味わおう。新竹のビーフンは冷たい風に当てることで出てくる独特な歯ごたえが自慢だ。廟内にはいくつもの屋台があるが、おすすめは創業80年を誇る「阿城號米粉」。もう一つの新竹名物である「摃丸湯(すり身団子のスープ)」も合わせてオーダーしたい。
また、「鄭家魚丸燕圓」も見のがせない店。「魚丸」と「燕圓」は新鮮な鮫の魚肉を用いたつみれのこと。特に淡いピンク色をした燕圓にはクワイや紅麹が用いられており、一度食べたら忘れられない食感となっている。
さらに、廟の外側にも行列の絶えない人気屋台「郭家元祖潤餅」がある。潤餅とは台湾風クレープというべきもので、中にはキャベツやニンジン、大根、もやし、豚肉、卵などを炒めたものがどっさりと入っている。ボリューム満点だが、意外にもペロリと食べられる。
食後のデザートには城隍廟の脇にある「阿忠冰店」(東門街187號)を目指そう。ここは1963年創業のかき氷店で、現在は二代目が切り盛りしている。屋台から始まった小さな店だが、現在は5階建ての立派なビルとなっている。ここの特色はパイナップルを8時間煮込んで作ったという特製シロップ。アズキや緑豆、金時豆など、トッピングも豊富だ。パイナップルの風味がほのかに漂い、さっぱりとした甘さが自慢だ。
新竹の人々は郷土愛が強いと言われている。おすすめの一品を尋ねてみれば、熱心にいろいろと教えてくれるはずだ。地元ッ子の気概に触れながら、街歩きを楽しんでみよう。

(2016年12月号掲載)


アクセス
台北から新竹までは台灣高速鐵路で所要約32分。高鐵新竹駅からは台鐵六家線に乗り換え、在来線の新竹駅へ。特急自強号を利用すれば所要1時間余りなので、乗り換えのない在来線の利用がお勧めだ。市内の散策は徒歩で十分。また、台北市内各地から高速バスも頻繁に出ている。バスは新竹駅近くに乗り場がある。


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神秘的な祭典、サイシャット族のパスタアイ

台湾北東部の新竹県と苗栗県の山間部に暮らすサイシャット(賽夏)族。人口6000人余りの少数民族。しかしながら、現在も伝統文化を色濃く残し、2年に一度、「パスタアイ」と呼ばれる祭典を催している。今年は10年に一度の大祭に当たり、11月中旬に開催される予定となっている。

取材・文:片倉真理/写真:片倉佳史(かたくらドットねっと)

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会場である向天湖は海抜738メートルに位置し、夜が更けていくにつれ、霧が濃くなってくる。

 

新竹県と苗栗県に暮らす少数民族

台湾は九州ほどの小さい島ながら、16の原住民族が暮らしている。それぞれが固有の言語と文化を持ち、伝統的な祭事が続けられている。台湾北部の山岳部に暮らすサイシャット族(サイセット族とも)は比較的早い時期から漢人文化の影響を受けてきたが、そのアイデンティティーは失われることはなく、今でも「こびと」の伝説に由来する「パスタアイ」という祭典を催している。
パスタアイは新竹県五峰郷大隘村と苗栗県南庄郷向天湖の2カ所で開催される。規模は大隘村の方が大きいが、屋台などが数多く出ており、やや観光イベント化されている。一方で、向天湖はより素朴な雰囲気を残しており、伝統文化の色彩が濃厚だ。今回はこちらを取り上げてみたいと思う。
パスタアイが開催されるのは旧暦10月15日前後とされている。具体的な開催日は長老たちの協議によって決まり、今年は11月11日、12日、13日に予定されている。

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パスタアイの歌は祭りが終わると歌ってはならないという。
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祭りの期間中は心を穏やかにし、人と争ってはならないという。

語り継がれる「タアイ(こびと)」の伝説

台湾に限らず、古今東西、「こびと」にまつわる伝説は数多く存在する。「こびと」という神秘に満ちた存在は私たちの想像力をかき立ててならない。台湾でも幾つかの原住民族の昔話に「こびと」は登場する。中でも、サイシャット族に残る伝説は興味深い。幾つかのストーリーがあるが、以前、筆者が向天湖に暮らす古老から教えてもらった話を紹介してみたい。
その昔、サイシャット族の人々は「タアイ」と呼ばれるこびとと仲良く暮らしていたという。タアイは身長が1メートルにも満たなかったが、賢い上に腕力が強く、かつ妖術にも長けていた。 彼らはサイシャット族の祖先たちに稲やアワの栽培法、病気の治療法などさまざまな智慧を授けた。また、歌や踊りが上手だったため、収穫祭などの際には共に豊作を祈願したりしていたという。
しかし、小さな誤解からサイシャット族の人々はタアイに敵意を抱くようになる。タアイはビワの樹の上で休む習慣があったが、人々はタアイがいない間にこの樹を斬りつけた。しばらくして、何も知らないタアイが登ったところ、樹木が倒れ、谷底へ落ちて死んでしまったという。
その後、サイシャット族は飢饉(ききん)と不作に苦しめられることになる。この時、タアイは二人の長老が生き延びたというが、彼らは「慰霊の祭り」を行うことを指示し、東の方角に去っていったという。その後、人々は彼らの霊を慰めるための祭事を行うようになった。これがパスタアイの始まりである。
ちなみに一般的に伝わっている話では、タアイとサイシャット族が仲違いした原因は、タアイが女性に手を出す悪い癖があったからといわれている。しかし、これには異説が多い。筆者が取材した古老もタアイは肩をたたいて友情を示そうと思ったが、彼らは背が低いため、女性のお尻に触れてしまったと語っていた。

夜霧に包まれた森に響く鈴の音

パスタアイの会場に到着したら、まずは魔除けの儀式をしなければならない。広場にある小屋でカヤが渡されるので、これを腕などの身体に結び付ける。カメラやビデオなどの撮影機材にも必ず付けること。これを忘れると霊に取り憑かれるといわれている。
パスタアイでは三日三晩、夜通しで踊りが繰り広げられる。老若男女が円陣を組み、時にはゆっくり、時には早足になったりしながら、休みなく続けられる。この際には物寂しげな曲調の歌が歌われる。この祭典は慰霊の意味を含んでいるため、アミ族などの豊年祭で耳にする明るい歌声とはかなり趣が異なる。
人々は背中に鈴の付いたリュックのようなものを背負っている。これはサイシャット族特有の楽器で、他の霊が入ってこないようにするためにこれを用いるという。深い霧に包まれた山間にシャン、シャン、シャンという鈴の音とお経のような歌声が響きわたる。かなり幻想的な光景で、圧倒されてしまう。
円陣のすぐそばでは逆三角形のカラフルな旗を担ぐ男性が目に付く。これは「舞帽」と呼ばれ、タアイが休む場所とされている。旗には「豆」や「解」、「夏」、「風」などといった文字が書かれているが、これはサイシャット族の氏姓である。 さらに、今年は10年に一度の大祭なので「大祭旗」も登場する。これは約5メートルの竹竿で、赤と白の布がくくり付けられている。祭典の期間中、会場の隅に真っすぐに立てられているが、毎晩踊りの途中で代表者がこれを持ち、会場を何周もする。これにより厄が消え、好運がもたらされると信じられている。

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祭典中、部族の者以外は参加できない(見学は可能)。

 

訪問する際にはルール厳守で

最終日の朝を迎えると、これまでとは一転して明るい雰囲気に包まれる。それまでは神妙な面持ちだった人々も晴れやかな表情に変わる。この日は小屋の上にかけられたカヤの葉を競って取り合うなど、タアイを東の方向へ見送る儀式が行われる。すべての儀式が滞りなく終了すると、最後にはお餅が配られる。
現在、パスタアイは一般の人たちでも自由に見学できる。ただし、参加する際には彼らの伝統や文化を尊重し、タブーやルールを厳守するようにしたい。また、深夜の山の上はかなりの冷え込みとなるので上着などを持っていくことを忘れずに。 原住民族の祭典の中でもとりわけ独特な雰囲気を持つパスタアイ。台北からも遠くないのでぜひ一度は体験しに出かけてみたい。

(2016年11月号掲載)


アクセス
在来線の台鐵に乗車し、竹南駅で下車。苗栗客運に乗車し、南庄まで所要約1時間。南庄から向天湖行きのバスに乗り換え、約40分。祭典期間中は臨時バスも運行。現地には民宿もあるので事前にご予約を。詳細に関するお問い合わせは苗栗県南庄郷公所(電話:037-823-115)まで。


 

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台北の歴史建築を巡る~和風建築編

写真・文:片倉佳史(かたくらドットねっと)

台北では日本統治時代に建てられた多くの建築物を見ることができる。その中には日本式の木造家屋も少なくはない。どことなく落ち着きを感じられるたたずまい。今回はそういった和風建築の趣に触れてみよう。

%e3%82%a4%e3%83%a1%e3%83%bc%e3%82%b803low    3.北投温泉博物館には大広間が残されている。

各地に設けられた日本式家屋群

今回は台北市内に残る木造家屋を紹介したい。先月号、先々月号でも見てきたように、日本統治時代に設けられた官庁舎や学校は西洋式の建築が数多く見られた。しかし、一方で住居としては日本式の木造家屋が大半を占めていた。今回はそういった建築物を取り上げてみたい。

これらの多くは官舎として公費で建てられたものである。設計に際しては細やかな規定があり、職位や階級によって、建坪や間取り、敷地面積などが決まっていた。これは厳格なもので、現存する木造家屋についても官舎であれば、間取りや大きさから職位が推測できるほどである。

1923(大正12)年に関東大震災が首都圏を襲い、これによって台湾の建築も耐震構造が意識されるようになる。建築界の進化もあり、昭和時代に入ったころからは木造の純和風建築は数が減り、鉄筋コンクリート構造の堅固な建物が増えていった。いわゆる和洋折衷の洋館スタイルが増えていったのも興味深い。

公共空間としては劇場や映画館などに木造建築が見られたが、こういったものは耐久年数の問題もあり、現存していることは少ない。しかし、中には和風の雰囲気をまといながらも、構造は堅固な建物もあり、こういった物件の多くは今も姿をとどめている。最近はこういった家屋がカフェやレストランにリニューアルされて話題となることも多い。

注目される「リノベーション物件」

日本統治時代に建てられた木造家屋はすでに70年という時間を経ており、老朽化によって取り壊されていった。しかし、1990年代後半、李登輝総統時代に進められた民主化によって郷土意識が高まり、老家屋の保存運動が盛んになった。現在は古蹟として管理され、修復の上で再利用されるケースも増えている。

台北市内でも多くの老家屋が修復され、往時の姿に戻されている。こういった「再生空間」は気軽に立ち寄れる所が多いので、散策を楽しんでみたい。老家屋を巡りつつ、往時の家並みに思いを馳せる。そんなことが楽しめるのも台湾の魅力といえるだろう。

北投溫泉浴場>>北投溫泉博物館

日本統治時代に北投温泉浴場として開設。1923年には皇太子(後の昭和天皇)もここを訪れた。人々は畳敷きの広間で湯上がり後のひとときを楽しんだという。現在は郷土文化を展示する空間となっている。

台北市北投區中山路2號/02-2893-9981/9:00~17:00 (月曜定休)

足立仁教授邸宅>>青田七六

青田七六は旧足立仁教授邸宅。旧台北帝大や師範学校の教職員住宅が集まる青田街は終戦まで、昭和町と呼ばれていた。広い敷地には樹木が植えられ、戦後70年の歳月を経てうっそうと茂っている。現在はカフェ空間として整備されている。

台北市青田街7巷6號/02-2391-6676/11:30~ 21:00(第一月曜休)

石井稔助教授>>野草居食屋

野草居食屋は居酒屋と日本料理店の複合空間。汀州路周辺は日本統治時代は閑静な住宅地だったが、戦後は外省籍の下級兵士たちがなだれ込み、雰囲気は大きく変わった。旧台北帝大農学部の石井稔邸。一帯は川端町と呼ばれていた。

台北市同安街28巷1號/02-2366-0618/17:00〜0:00(土日はランチタイムの営業有・無休)

瀧乃湯

戦前から営業している北投の温泉銭湯。今も往時の風情を保っている。敷地内には「皇太子殿下御渡渉記念碑」が移設保存されている。昔ながらの銭湯の風情を愛する人は少なくない。

台北市北投區光明路244號/02-2891-2236/6:30~21:00(無休)

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林田桶店

戦前から続く手作り桶の店。「台湾最後の桶職人」と呼ばれた故林相林氏は気さくな人柄と流ちょうな日本語で多くの人を引きつけていた。中山北路は台湾神社の表参道だった幹線道路で、御成道路、もしくは勅使街道と呼ばれていた。

台北市中山北路1段108號/02-2541-1354/不定休

台北州知事公邸>>市長官邸文藝沙龍

かつての台北州知事公邸。敷地面積800坪というこの建物は当時の高級宿舎によく見られた和洋折衷の造り。畳敷きの部屋はあるものの、基本的な間取りは洋風となっていた。現在は文芸サロンとして市民に開放されている。

台北市徐州路46號/02-2396-9398/9:00~22:00(無休)

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国父史蹟紀念館

広い庭園を従えた料亭建築で、「梅屋敷」を名乗っていた。終戦までは賓客の接待などに使われていた。現在は孫文を記念した空間となっており、ふすまなどはそのまま残されている。

台北市中山北路1段46號/9時~17時(月曜休)

(2016年7月号掲載)


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海風の吹く郷愁あふれる町~花蓮へ

取材・文:片倉真理/写真:片倉真理、片倉佳史(かたくらドットねっと)

花蓮は台湾東部を代表する都市。俊足で知られる特急「普悠瑪(プユマ)」号に乗車すれば、所要わずか2時間ほどで到着する。以前よりもぐっと身近な存在となった花蓮。今月はその歴史に触れる愉しみを紹介してみたい。

将軍府02縮小.jpg1.「夫妻樹」と呼ばれる大樹と立派な木造家屋(将軍府)。

かつては日本人が多く暮らしていた

山紫水明で知られる花蓮。ここには台湾が世界に誇る景勝地「太魯閣(タロコ)峡谷」があり、年間を通して大勢の行楽客が押し寄せる。その玄関口となる花蓮には古き良き面影を残す家並みが残り、初めて訪れた人でもどことなく懐かしさを覚えてしまう。

周知の通り、台湾東部は厳しい自然環境を持ち、長らく無人の地となっていた。本格的な開発が始まったのは日本統治時代に入ってからである。特に大正期に多くの日本人が移り住み、開拓を進めていった。その苦労は想像を絶するものがあった。当時、この地は「花蓮港(かれんこう)」と呼ばれていたことにかけ、入りたくても「入れん港」、暮らしたくても「食われん港」、一度入ったら「帰れん港」などと揶揄(やゆ)されたという。

市内には今でも日本統治時代の木造家屋を見かけることが多い。最近ではこうした家屋を整備する動きが活発となっており、カフェやショップ、レストランなどにリノベーションされるケースが少なくない。町の規模は大きくないので、半日もあれば十分に観光できる。清らかな空気に包まれながら、のんびりと散策を楽しみたい。

 

散策は旧市街から始めよう

市内南部の旧市街地区は旧花蓮駅周辺に広がっている。中山路を進んでいくと、重慶街の交差点近くに「花蓮鐡道文化園區」がある。ここは日本統治時代に設けられた花蓮港駅があった場所。駅自体は1982年に廃止されているが、台湾総督府の鉄道部花蓮港出張所の建物は今も姿を留めている。門をくぐると、松の大樹と和洋折衷の趣ある木造建築が目に入ってくる。中庭を囲むように建物が残り、台湾東部の鉄道史に関する文物が展示されている。

日本統治時代はここを中心に市街地が形成されていた。近くの噴水前には開拓移民村の経営や製糖事業などで地域に貢献した賀田組の事務所だった建物も残る。現在は「阿之寶」というカフェ・レストランとして利用されている。

最近注目されているのは、中華路と中正路の交差点に位置する「a-zone花蓮文化創意産業園區」だ。ここは戦前に製酒工場として設立された場所で、2012年から地場産品や文化景観を紹介するレジャースポットに生まれ変わった。広々とした敷地内には事務所や倉庫、幹部職員の木造宿舎など、日本統治時代の建物が残っており、カフェやショップ、展示空間などとして利用されている。地元クリエーターたちによる手工芸品や雑貨などのほか、花蓮県舞鶴産の紅茶や蜂蜜ケーキなどの特産品が販売されている。土産物探しが楽しいスポットだ。

鉄道文化園区02縮小.jpg4.鉄道警察署だった建物も残る「花蓮鐵道文化園區 二館」。

花蓮文創園区04縮小.jpg9.製酒工場を再利用した「花蓮文化創意産業園區」

花蓮らしいショッピングとグルメ

さらに、近くの節約街には老家屋を利用した個性派ショップ「O’rip 生活旅人」がある。「O ‘rip」とはアミ族の言葉で「生活」を意味する。ここは地元クリエーターたちが手掛けた生活雑貨やオーガニック食品、さらには台湾の原住民族音楽CDなどを扱っている。また、同じく節約街にある「花蓮日日」はしゃれた雑貨を扱うほか、民宿や食堂を併設しており、若者たちに人気のスポットとなっている。ぜひこちらものぞいてみたい。

散策の途中でお腹が空いたら、中山路と中正路との交差点に位置する「周家蒸餃」へ。ここの看板メニューである「小籠包」は皮がふっくらと厚く、ミニ肉まんのようなスタイルだ。隣接する「公正包子店」もメニューは同じで、どちらも行列が絶えない人気店となっている。1個5元(約16元)と格安なので、食べ比べしてみるのも面白いだろう。

食後には中華路と博愛街の交差点近くにあるかき氷店「五覇焦糖包心粉圓」へ。ここのかき氷は豆花や芋団子などのトッピングの上に氷をのせ、その上から特製キャラメルソースと練乳を格子模様にかけている。オーナー自ら考案したというオリジナルで、味だけでなく、見た目もかわいい。地元の人にも観光客にも愛されているご当地デザートだ。

 

美崙山周辺に残る歴史スポット

市街地の散策を終えたら、市内北部に位置する美崙山の方面にも足を運んでみたい。山麓を流れる美崙渓の畔には、戦時中に日本の幹部将校たちが暮らしていたという木造官舎が残っている。中正橋のたもと付近の路地を入ると、数戸の和風家屋が整然と並んでいる。現在は「将軍府」と呼ばれ、花蓮の歴史に関する資料を展示する空間となっている。ここでは浴衣の貸し出しサービスが人気を集めており、日本家屋を背景に浴衣姿で記念写真を楽しむのが流行しているという。

散策の最後には坂道を上った高台にある「松園別館」へ。ここは戦時中、軍隊の招待所として建てられ、質素ながら、しゃれた造りとなっている。現在は芸術展示スペースとして利用されている。広々とした庭には樹齢百年の松の老木が聳(そび)え立ち、太平洋の海原が一望できる。カフェも併設されているので、心地よい海風に吹かれながらゆったりとしたひと時を過ごしたい。

花蓮市内には著名な観光スポットがあるわけではないが、そこかしこに日本の面影が感じられ、素朴な風情が多くの人を引き付けている。日帰りも可能になっているので、リフレッシュの旅に出かけてみてはいかがだろう。

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(2016年10月号掲載)


アクセス

台北から花蓮までは台灣鐵路(在来線)の太魯閣号、普悠瑪号、もしくは自強号に乗車。所要約2時間から3時間。運賃はいずれも440元。太魯閣号と普悠瑪号は全席指定席で立席では乗車できないので注意しよう。また、週末は混み合うのでチケットは早めに購入したい。花蓮駅周辺にはレンタサイクルや電動自転車などのショップもある。徒歩の場合は旧花蓮駅までバスで移動してから散策を始めたい。


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甘い香りに包まれたパイナップルの郷-台南市・關廟

取材・文:片倉真理/写真:片倉佳史(かたくらドットねっと)

台湾は言わずと知れたフルーツ大国。中でもパイナップルはその代表格とされる存在だ。中国語では「鳳梨(フォンリー)」と呼ばれ、台湾語では福を意味する「旺來(オンライ)」と発音が似ているため、縁起物としても親しまれている。その美味しさの秘密を探ってみよう。

種類豊富な台湾のパイナップル

台南から車を走らせること約30分。ここ關廟はパイナップルの一大産地として知られている。温暖多湿な気候はもちろん、適度な起伏があり、日当たりが良い斜面がポイントとなる。そして、赤土の土壌がパイナップルの美味しさを育む。現在、この一帯の栽培面積は約800ヘクタールを誇り、生産量は2万トンを超えるという。

關廟のパイナップル栽培は戦後になってから始まった。もともとは日本統治時代に陸軍の訓練地だった丘陵地帯を畑に転用したのがきっかけで、1960年代後半からは缶詰の製造が盛んとなって黄金期を迎える。しかし、1980年以降は安価な東南アジア産のパイナップルが台頭し、生産量は激減。その後は品種改良が積極的に進められ、高い評価を得るようになった。これまでに約20種が誕生している。

現在、關廟では約10数種類のパイナップルが栽培されている。シャカトウ(シュガーアップル)に似た風味を持つ「釈迦鳳梨」やミルクのように果肉が白い「牛奶(牛乳)鳳梨」、さらには独特な香りを誇る「香水鳳梨」といった品種が知られている。

その中で最も多く栽培されているのが「金鑽鳳梨」。これは濃厚な味わいのみならず、繊維質が少ないという特色をもち、親しみやすい食感となっている。また、芯まで柔らかくて甘いことも自慢で、果肉を丸ごと全部味わえる。

余談ながら、パイナップルケーキによく用いられるのは「土鳳梨」(正式名称は開英種1号~3号)という品種。これは繊維質が粗く、酸味が強いのが特色だが、品質管理が難しく、少し前までは敬遠する農家が多かった。しかし、昨今のパイナップルケーキのヒットによって、ここ数年は土鳳梨の栽培面積も増えているという。

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1.排水が良い傾斜地はパイナップル栽培に最適。

夜明け前から始まる収穫作業

筆者が撮影に訪れたのは6月上旬。早朝6時前に到着したが、朝もやに包まれた農場ではすでに収穫作業が始まっていた。聞いてみると、毎朝4時には作業を始め、8時前には終了するという。パイナップルの栽培地には日陰がないため、強烈な日差しと暑さとの闘いだ。しかも、強靭な葉やトゲから身を守るため、作業時には顔から腕、足までを全て布で覆い、完全防備体制で作業に当たらなければならない。

ここの畑では約15カ月かけてゆっくりとパイナップルを育て上げるという。ある程度の大きさになったら新聞紙で包み込み、表面が日焼けしすぎないようにする。そして、表皮に亀裂が出だしたら熟れ始めた証拠。黄色くなりすぎないうちに大きな刀で身を切り落とす。一個をカットするのはわずか数十秒ほどで、その手際の良さには圧倒される。

切り出されたパイナップルは袋に入れて運び、トラックに積み込まれていく。作業は終始無言で行われ、こんなところからもひたむきさが感じられる。袋は約20キロと重いため、高齢者にはかなりの重労働かと思えるが、そんな素振りを全く見せず、作業は休むことなく続けられる。

その様子を撮影していると、仕事を終えたおばさんが熟したパイナップルをお裾分けしてくれた。夜露を浴びたパイナップルはひんやりとしていて驚いた。「夜の農場は天然の冷蔵庫だよ」とおばさんは笑顔を見せた。早朝の農場だけで味わえる冷たいパイナップル。かぶりつくと、濃厚な甘さが口全体に広がり、果汁があごの辺りまで滴ってきた。大地の恵みに感動を覚えずにはいられない瞬間だった。

とっておきのパイナップルデザート

台湾のパイナップルはいろいろな楽しみ方がある。

まずはおなじみのパイナップルケーキ。現在はさまざまなメーカーが美味しさを競っていてバリエーションが豊富だ。ここ關廟にある「鐵金鋼」も有名店の一つ。現地産にこだわったパイナップルケーキが味わえるほか、ドライパイナップルや中華パイの生地にパイナップル餡を挟んだ「焼餅鳳梨酥」も人気がある。台北市内にも支店があるのでぜひ試してみたい。

また、台南市内の西市場にはパイナップルデザートの専門店がある。關廟出身の女性が経営する「凰商號」は金鑽鳳梨を用いたデザートが好評を博している。看板メニューは「鳳梨冰茶」。これはパイナップルをじっくり4時間ほどかけて煮込んで作られたジュースで、果肉がふんだんに入っている。また、手作りのパイナップルジャムを練り込んだトーストも人気だ。

ビタミンBを多く含むパイナップルは疲労回復や夏ばて防止にも効果がある。絶品の台湾パイナップルで酷暑を乗り切っていこう。

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7.西市場内にある「凰商號」。

(2016年8月号掲載)


關廟への行き方

台鐵台南駅近くのバスターミナルから「大台南紅幹線」に乗車。所要約45分。タクシー利用なら、市内から30分余り。

鐵金鋼

台南本店:所在地台南市關廟區中山路一段365號 電話06-596-5678

台北店:所在地台北市大同區承徳路三段36號 電話02-2597-4567

凰商號

所在地台南市中西區國華街三段16巷12號 電話06-223-2498 営業時間 11:00~20:00/日曜11:00~19:00(無休)


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