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郭泰源(かくたいげん)

台湾の野球界に貢献したい

かつて「投手王国」と呼ばれた西武ライオンズ。その一角を担った背番号18の豪速球をご記憶の野球ファンも多いことだろう。日本のプロ野球史に名を残した郭泰源が、日本での指導者経験を経て、再び台湾球界に帰ってきたのは2014年。地元台南の統一セブンイレブン・ライオンズ(※以下統一)の投手コーチに就任して野球ファンを喜ばせた。昨年開催された「世界野球WBSCプレミア12」では2007年以来となる代表監督を務め、統一でも今季から監督に就任。故郷の野球界に少しでも貢献したい――。そう語る指揮官に、台湾野球の今、未来の目標について聞いた

(こちらの記事も見てください!→ 台湾野球を楽しむ基礎情報

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プレミア12と台湾野球の現状

―台湾球界に復帰した一番の理由を教えていただけますか。

「ソフトバンクのコーチは、秋山(幸二)監督に頼まれたものだったので、彼が監督を辞める時点で私も台湾に戻ろうと思っていました。戻ったら統一からすぐ電話がかかってきて、投手コーチを頼まれたので引き受けました。やっぱり自分の中で台湾の野球界に力を貸したいという気持ちがあったんですよね。故郷ですから」

―2007年に台湾代表監督を務めていたころと比べて、台湾プロ野球の変化というのはありましたか。

「野球自体はあまり変わっていませんが、全体的に成長したし、特に打撃は進歩していると感じましたよ」

―今年統一の監督に就任。「若手とベテランの経験の差」などを課題として挙げていらっしゃいましたが。

「これはウチのチームの問題で、監督になって何とか早く若い選手を成長させたいなと思っているけど、すぐに解決できる問題ではないですよね。昨年はなるべく長いイニングを投げさせて、失敗の中から学んでくれたらいいと思っていました」

―昨年のプレミア12でも監督を務められましたが、残念ながら台湾代表は決勝トーナメント進出できませんでした。チームに足りなかったものは何だと思いますか。

「うーん、あれが実力かなとも思いますね。戦力的なことを言えば、アメリカに行っている選手が帰ってこられなかったというのもあるし、キャンプの日程も短かったかなと」

―投手陣はフル稼働でしたね。

「完投できるピッチャーもそんなにいないし、継投していくしかないですからね。でも若いピッチャーは期待以上でした。正直4、5回投げられれば十分かなと思っていたんですが、思ったより頑張ってくれました」

―代表のエースだった郭俊麟選手は、西武ライオンズに入団して、監督が入団当時付けていた背番号12を背負っています。そのことについてご本人とお話はされましたか。

「彼は荷が重いでしょうね(笑)。これからの選手だし、西武に入ってだいぶ成長したと感じました。コントロールも良くなっていたし。本人には世間話程度ですが、頑張ってくれよという話はしました。日本は厳しい世界だから、自分に対して甘くならないように、と」

―海外で成功するには、野球の実力とプラス何が必要だと思いますか。

「われわれの時代は後がなかったですからね。選手がどういう気持ちかでいるのかはわからないけど、今はもし日本でダメでも台湾にプロ野球がある。もし戻る所があると思ってしまったら、大きな壁は乗り越えられないんじゃないかな」

―メジャーリーグに挑戦する選手も増えていますが、今の台湾野球は日本とアメリカ、どちらの影響を強く受けていると思いますか。

「両方の影響を受けていて、ちょっと中途半端かなぁ、と思います。そういう意味でも監督になったのは責任が重いですよね。どういう野球をしていくか、台湾野球をどう成長させていくかを考えないといけない。ただ、台湾プロ野球の環境は日本のようには良くないので、選手がもっとこう、夢を持てるようにすることも大事だと思います。年俸がもっと良くなれば、野球をやりたいという若者も増えるだろうし。チーム数も今のままでは少ないですよね」

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写真提供:統一セブンイレブン・ライオンズ

選手のプライドを守るために

―統一の監督として、現在はどういうチーム作りを目指していますか。

「最低限のこととして、選手のプライドを守りたい。プロのユニホームを着るというのは責任の重いことなんですよ。プロである以上、野球は仕事であって趣味じゃない。われわれが何を教えても、本人が自覚を持ってやらなければ意味がないですから」

―チーム数が少なくお互い対戦回数が多いのは、投手に不利な環境といえますよね。それも打撃の方が良くなっている原因なんでしょうか。

「もちろん投手に不利ですが、バッターも苦手なコースを見抜かれていますからね。ピッチャーがコントロールを磨いて、どういうふうに抑えるか自分で考えないといけない。それと台湾のピッチャーのレベルが少し落ちてしまったのは、能力のある選手が高校卒業後すぐアメリカに行くという流れも原因じゃないかと思うんです。もっと台湾で技術的なことを勉強してからでも遅くない。アメリカの野球はやっぱりパワーで、力で勝負しても勝てないですから」

―今季統一ライオンズで期待している選手を教えてください。

「答えにくいな(笑)。陳韻文(背番号12)、林子崴(背番号14)、江辰晏(背番号16)、この3人は先発させたいと思っているんですよ。若い投手には頑張ってもらわないとね」

―3月の親善試合でまた監督も台湾代表のコーチとして日本へ行かれますが、日本と台湾の野球の交流についてはどのようにお考えですか。

「親善試合のような形でも交流が増えればいいと思いますね。代表だけでなく、例えばウチが西武ライオンズと提携したり、交流試合をすれば、野球の楽しさが増すし、お客さんも喜んでくれるんじゃないかな」

―現在も台南にお住まいですが、お薦めのグルメなどはありますか。

「碗粿(ワーグイ)(エビ・豚肉入り米のプディング)とか、炒善魚(タウナギ炒め)は日本にいるころ食べたくなりましたね。あとは牛肉湯。あれは台南の最高の朝食ですね」

―座右の銘、影響を受けた言葉などはありますか。

「ないですね。私はとにかく勇気。勇気があればなんとかなるでしょう」

―最後に今後の目標を。

「もちろんチームの優勝ですよ」

―来年はWBCも開催されますが。

「私が監督するなんて決まってないですよ(笑)。もちろん私だけの力じゃなくて、みんなで協力して台湾野球を盛り上げて、WBCも勝てるように。それしかないですね。まずは統一で結果を出せるように頑張ります」(2016年3月号掲載)。

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プロフィル
1962年3月20日生まれ。台湾・台南市出身。1984年に西武ライオンズに入団。入団1年目にノーヒットノーランを達成するなど、歴代外国人最多の117勝を挙げ、6度の日本一に貢献した。95年に現役引退後は中華職業大聯盟の誠泰コブラズ監督、北京五輪予選台湾代表監督、福岡ソフトバンクホークス投手コーチなどを務めた後、2014年統一セブンイレブン・ライオンズ投手コーチに。2015年の世界野球WBSCプレミア12台湾代表監督を経て、2016年統一の監督に就任した。

取材・文:高橋真紀/写真:李奕瑲(KITO)

 

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