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滅火器 Fire EX

滅火器は、2000年に結成したインディーズのロックバンド。メンバーは、ボーカル/ギター:楊大正(愛称:大正)、ギター/バックアップボーカル:鄭宇辰(宇辰)、ベース/バックアップボーカル:陳敬元(皮皮)、ドラム:吳迪の4人。14年、太陽花(ひまわり)学生運動の際に創作した応援ソング『島嶼天光』は、全台湾に彼らの存在を知らしめ、15年、同曲で台湾のグラミー賞と称される「金曲獎」の最佳年度歌曲(最優秀歌曲賞)を受賞した。同年9月、バンド自ら事務所「火氣音樂」を成立、16年3月に4枚目となるニューアルバム『REBORN』をリリース、同アルバムの日本盤で6月8日に日本デビューを果たす。

 

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台湾の未来を信じる熱きロックバンド

 

―2014年、海峡両岸サービス貿易協定をめぐり、台湾の若者が立ち上がった「太陽花(ひまわり)学生運動」は多くの日本人を驚かせました。日本の多くの若者は政治に無関心で音楽人が政治的な立場を表明することも少ないですから。当時、多くの台湾人を勇気づけた『島嶼天光』が出来た経緯と、心境を教えてください。

 

大正「台湾は歴史的な原因で日本と根本的に違います。日本は明日も日本であることに変わりません。しかしあの時、台湾人が運動を起こさなかったら、台湾は消えて、中国になるかもしれなかった」
宇辰「台湾はまだ国として認められていないから」
大正「そう。国民党・馬英九政権は、財閥や大企業、既得権益側の味方です。08年、馬英九総統が就任し、国会議席の過半数を国民党が占め、国民党のどんな政策も止められない状態になっていた時、私は『晚安台灣』(おやすみ、台湾)という曲を書きました。そして14年のサービス貿易は私から見ると経済的主権併合の手段です。学生をはじめ、みんながそれを意識したから太陽花運動があったのです。馬英九政府に『私たちは中国人になりたくない』と訴えるしかすべはなかったんです。実は、私たちもデモに参加しました。たくさんの人が台湾を守るために、学校や家庭、仕事を置いて、運動に参加したのを見てとても感動しました。国会にいる学生は、もっと多くの人に注目してもらうためにMVを作りたいと思っていたけれど適当な曲がなかった。だからある学生からこの運動のために曲を作ってほしいと依頼があった時、すぐに応じました」

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―センシティブな事柄ですが、友人や親戚からは何か言われませんでしたか。
大正「この運動の後、たとえ支持政党が違っても多くの台湾人がはっきり自覚したのは、中国人になりたくないということじゃないかな。 台湾独立はほとんど共通認識になったのではないかと思います。特に友人や親戚から批判されることはなかったです。逆に政治的な立場を明かすと、中国の市場を失うよと心配されました。でもお金を稼ぐのも重要だけど、私たちにとって信念のほうが大切です。いつかは私たちの歌が好きな人のために中国に行ける日が来ると信じたいです。でもそれは、中国が台湾を尊重できるようになるのが前提です」

―今後、台湾にどのように変わってほしいですか。

大正「新しいアルバムに「早安台灣」(おはよう、台湾)という曲があります。「島嶼天光」では夜明けを待ち望んでいましたが、夜が明けたからといってすべてが理想通りになるわけじゃない。夜が明けた後も、台湾を守り台湾を良くするために日々真面目に努力しなければならないということを伝えたい。真面目に働いている人が幸せになれる社会、公平な社会を望みます。この素晴らしい台湾を傷つける者がいれば、手を取り合って立ち向かいたいです」

 

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解散の危機を乗り越え、「再生」へ

―ニューアルバム『REBORN』についてご紹介ください。

大正「タイトルは滅火器が生まれ変わることを意味します。14年以降、知名度は上がり、金曲獎も受賞したので、一見順調に見えたかもしれませんが、実は昨年の4月末、一度解散の危機に陥りました。前の事務所の金銭的な問題と理念の違いで、やりたいことがあってもできなかったり、仕事をしてもほとんど給料はもらえませんでした。そして、やることが無駄なことだと思うと自分たちだけでなく、ファンの皆さんを感動させることもできなくなった。でも、悔いを残さないように最後にこのバンドのために歌を作りたい、もう一枚アルバムを作って、もしそれでも問題を解決する方法がなかったら、解散するしかないと思いました。それで気分転換を兼ねて、私は作曲のために石垣島に一カ月ほど住みました。他のメンバーも、2週間か3週間ずつ滞在しました。その間曲を創作しながら、自分たちが本当にしたいものは何かを考え、心を落ち着かせることができました。石垣島で感動とパワーをいっぱいもらい、台湾に帰った後、一部の作品ができたので、どんな困難に遭ってもメンバー全員で一緒に乗り切ろうと決めました。今回のアルバムは三つのパートに分かれています。『基隆路』、『十字路口』などは人生に迷いさまよう状態、『台11』や『在南國的風』は休日を過ごすような心を落ち着かせる曲で、最後は進むべき方向が見つかり生まれ変わる『繼續向前行』『早安台灣』(英語名a new day)。壁にぶつかり、また新しい道を見つけて前に進む、まさに私たちが生まれ変わる過程でした」

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―このアルバムは6月8日、日本でもリリースもされ、13日にはライブがあるそうですね。

大正「はい。初めて日本でアルバムをリリースします。台湾盤のすべての曲を収録するほか、3曲日本語バージョンの歌も入れました。ライブには尊敬する日本の先輩、HUSKING BEEとMONOEYESがゲストとして来てくれます」

―『繼續向前行』という曲のMVは日本で撮影されたんですよね。

大正「前から何度か日本のライブに出演しており、その際にいろんな人と知り合って友達になりました。日本のバンドが台湾に来ることもあるし、今回の撮影でみんなが集まるのも一つの縁です。それに『REBORN』は東日本大震災の復興にもつながるでしょう。演奏するたび、毎回違う感動を覚えます。日本の友達はよく『台湾ありがとう』って言ってくれるけど、私は逆に日本に感謝したいです。困難に負けない精神、勇気に励まされています。団結して自分の国をもっと良くしようとする点は世界が見習うべき点です」
宇辰「宮古市田老町の集会所に演奏に行った時、そこではたくさんの人の家がなくなっていたけど、みんな元気で楽観的で、故郷が元の様子になるまで待ちたいと言っていた。とても感動していっぱいエネルギーをもらいました」

―日本と縁がある皆さんですが日本や日本人に対する印象を教えていただけますか。

吳迪「私の祖母は日本人です。祖父が日本に留学に行った時に知り会ったそうです。小さなころから二人が日本語で話すのを聞き、ほぼ毎年日本にも遊びに行っていたので近しいと感じる国。私の第二の故郷です」
宇辰「仕事に対して真剣な態度に感心します。初めて日本に行った時、大したものも買っていないのに、レジのおばあちゃんのとても心の込もった『ありがとう』にびっくり。うれしかったです。またステージのスタッフはみんな真剣で、終わった後の打ち上げでお酒を飲むと面白くなるのも楽しいです」皮皮「台湾にも野球がありますが、日本の野球文化を見ると、欧米とは全く違い、緻密で自分たちのやり方があることがわかります。細工など他にもたくさんのことにこだわっているから、職人文化ができたのでしょう。素晴らしい精神です」
大正「日本は台湾の仲の良い友人であり、尊敬すべき友です。多くを学び、お互いに助け合えると感じます」(2016年6月号掲載)

 

プロフィル
2007年にアルバム『Let’s GO!』でデビュー、『海上的人』(09年)、『再會!青春』(13年)をリリース。16年3月にリリースされたばかりの最新作『REBORN』の日本盤は、6月8日発売予定。09 年、アメリカCMJ、CMW(Canadian MusicWeek)、SXSWの音楽フェス に出演、12年には日本SUMMER SONICへ出演。15年、日本のMONOEYES、韓国のThornappleとアジア3カ国を廻る共同ツアー「Far East Union」を実現させた。

 

 

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